トップアイドルは白衣の天使に恋をする

師長side

朝から慌ただしいICU。

モニター音。

ナースコール。

絶え間なく飛び交う声。

そんな、いつも通りの忙しい空間の中で――

私はふと、一ノ瀬に視線を向けた。

「一ノ瀬さん、Aベッドの輸液確認お願い!」

「はい」

返事をした瞬間には、もう身体が動いている。

輸液ポンプを確認しながら。

別ベッドのモニターにも自然と視線を流す。

尿量。

ドレーン排液。

人工呼吸器の波形。

患者の顔色。

その全部を、まるで“呼吸をするみたいに”同時に見ている。

しかもそれを、本人は全く特別だと思っていない。

「……え、今の見てた?」

若手ナースが小声で隣に話している。

「なになに?」

「一ノ瀬さん、1ベッド対応しながら2ベッドのSpO2下がったの気づいて先に先生呼んで、さらにPHSも同時に取ってた」

「……まじ?」

「バケモン……?いや失礼か」

思わず私は小さく笑ってしまった。

でも、気持ちは分かる。

本当にこの子は視野が広い。

しかもその動きに一切無駄がない。

「先生、さっきの血ガス結果です」

「あ、ありがとう」

「あと3ベッド、Aラインじわじわ下がってます」

「え、ほんとだ」

ドクターがモニターを見て驚く。

一ノ瀬は淡々としている。

まるで、“見えて当然”みたいに。

処置介助に入っても同じだった。

医師が次に必要とする物品が、言われる前に出てくる。

急変の空気を誰より早く察知する。

患者家族への声かけも柔らかい。

不安を与えない話し方。

忙しい時ほど周囲を見て動ける。

それを全部、“当たり前”みたいな顔でやっている。

「紗凪ちゃーん、さすがだわ〜」

リーダーナースが笑いながら声をかける。

「え?!私ですか?」

「あんた以外に誰がいんのよ!」

きょとん、とした顔。

本気で分かっていない顔だった。

その様子に周りが笑う。

すると近くにいた臨床工学技士がぽつりと言った。

「一ノ瀬さんって、自分がすごいことしてる自覚ないタイプですよね」

「分かる」

薬剤師も頷く。

「薬剤確認頼んだ時も、相互作用まで見てくれてたし」

「説明もめちゃくちゃ分かりやすいんですよね」

「患者さんへの対応も丁寧だし」

口々に飛ぶ言葉。

でも一ノ瀬本人は、困ったように笑うだけ。

きっとこの子の中では。

“患者さんが安全に過ごせるように”

“みんなが働きやすいように”

それだけなのだ。

見返りなんて求めていない。

評価されたいわけでもない。

ただ自然に、そう動いているだけ。

……だからこそ、すごい。

私は少し離れた場所から、そんな一ノ瀬を見つめる。

そして改めて思った。

――やっぱりICUには、一ノ瀬紗凪が必要不可欠だ。

この子がいるだけで、空気が変わる。

みんなの動きがスムーズになる。

安心感が生まれる。

患者さんも、スタッフも。なによりドクターたちも一ノ瀬になら安心して任せられると言う。

無意識のうちに、この子に支えられている。

この前まで資格停止になるかもしれないと怯えて。

泣きながら俯いていた子と、同じ人物とは思えないくらい。

今の一ノ瀬は、しっかり前を向いて立っていた。

……本当に、強い子。

私はふっと目を細める。

そして小さく笑った。

「やっぱり、一ノ瀬がいるICUが一番ね」