トップアイドルは白衣の天使に恋をする

ドアが、ノックされた。

全員の視線がそちらに向く。

「失礼します」

入ってきたのはICUの堀田師長さん。

その手には、いくつかの資料と袋。

「会議中失礼します。今回の件について、追加の報告があります」

その一言で、場の空気が一気に変わる。

心臓が、大きく跳ねる。

「詳しく説明を」

院長の低く落ち着いた声が、静まり返った会議室に響く。

師長は一度小さく頷き、手元の資料を整える。

その所作はいつも通り冷静で、無駄がなくて。

でも――どこかいつもより緊張感があった。

「まず、こちらをご覧ください」

そう言って、透明な袋に入ったピアスを示す。

テーブルの上に置かれたそれは、小さくてもはっきりと存在感を放っていた。

「これは、当日のフライト機内で発見されたものです」

……機内で?

思わず、目を凝らす。

あの時――そんなもの、気づかなかった。

「医療従事者は業務中アクセサリーの着用は禁止されています」

師長の声が淡々と続く。

「つまり、これは医療スタッフ以外の持ち物である可能性が高い」

会議室に、ざわりとした空気が広がる。

「さらに――」

もう一つの袋を取り出す。

中に入っているのは。

見慣れたもの。

「アドレナリン製剤、および点滴ルート一式です」

…っ

思わず息が止まる。

あの日。

必死に探して。

“なかった”はずのもの。

「これらは、ある人物の自宅から発見されました」

一瞬、時間が止まる。

「現在、正式な調査中ではありますが」

師長はまっすぐ前を見据えたまま言う。

「当該人物が、意図的に医療物品を持ち出した可能性が高いと考えられます」

ざわ…っと。

今度ははっきりと、場が揺れる。

誰かが小さく息をのむ音。

紙が擦れる音。


頭が、追いつかない。

理解が、追いつかない。

「また、このピアスについても」

師長が続ける。

「同一人物の所有物である可能性が高いと見られています」


「現時点での情報を総合すると」

師長の声が、静かに響く。

「今回の事案は、一ノ瀬紗凪の過失によるものではなく」

「第三者の関与による医療妨害の可能性が極めて高いと判断します」

――その瞬間。

頭の中で、何かが弾けた。

……私じゃ、ない?

ずっと。

自分のせいだと思っていた。

あの時、見落とした自分が悪いって。

守れなかったかもしれないって。

責め続けてきた。

それが――

違う、の?

「現在、関係各所と連携し、事実関係の精査を進めています」

「正式な処分や判断は、その結果をもって決定されますが」

師長は一度、こちらを見る。

その目は、まっすぐで。

優しかった。

「少なくとも現段階で、一ノ瀬個人の重大な過失と断定する状況ではありません」

――その言葉で。

張り詰めていたものが、完全に崩れた。

「……っ」

気づいた時には。

涙が、こぼれていた。

静かに。

でも、止まらなくて。

怖かった。

ずっと。

全部失うかもしれないって。

ここに戻れないかもしれないって。

それが――

少しだけ、ほどけた。

胸が、ぎゅっと締め付けられる。

安心と、不安が入り混じる。

そんな中で。

院長が口を開く。

「……非常に重大な問題です」

低く、重い声。

「引き続き慎重に調査を進めると同時に」

「一ノ瀬さんの処遇についても再検討が必要です」

その言葉に、周囲が静かに頷く。

さっきまでとは、明らかに違う空気。

責める場ではなく。

“判断する場”へと変わっている。

私は――

涙を拭いながら、前を向いた。

まだ終わっていない。