トップアイドルは白衣の天使に恋をする

優朔side

一ノ瀬さんが飛び出していったあと、現場の空気は完全に崩れた

「え、どうしたの今の……」

「大丈夫なの?」

ざわざわと不安が広がる

スタッフも対応に追われて、撮影は一旦中断

そんな中

陽貴が、迷わず後を追っていった

……やっぱり行くよな

あの顔見て、止まれるやつじゃない

ふっと息を吐いた、その時だった

一ノ瀬さんと同じ服を着た男がこちらを横切る

フライトドクター

タイミング的に、一ノ瀬さんと搬送に関わってた人だろう

「先生」

林くんがすぐに声をかけた

さっきまでの柔らかい雰囲気は消えてる

完全に“現場の顔”

「さっき、一ノ瀬さんに何かありました?」

まっすぐな質問

ドクターは一瞬だけ足を止めて、林くんを見る

「……ああ」

短く答えて、ゆっくり振り返る

「現場で物品が一部欠損してた」

淡々とした説明

「アドレナリンと、ルート系」

その単語に、林くんの眉が一気に寄る

「……は?」

低い声

明らかに信じてない反応

「処置が遅れた」

「ちょっと待ってください」

林くんが一歩前に出る

「それ、一ノ瀬さんが準備したバッグですよね?」

「そうだ」

「ありえないです」

即答だった

強い口調

「朝、あの人絶対ダブルチェックしてます」

「してたんだろうな」

ドクターも否定しない

「でも、なかった」

その一言が重い

「……いや、でも」

林くんの声が少しだけ荒くなる

「アドレナリンとルート抜けてるとか、ただの見落としじゃ済まないレベルですよ?」

「分かってる」

ドクターも同じ温度で返す

「だから俺も違和感はある」

空気が少し張り詰める

「一ノ瀬は、そういう抜け方するタイプじゃない」

はっきり言い切る

現場を知ってる人間の言葉

重みが違う

「じゃあなんで……」

林くんの声が揺れる

苛立ちと、焦りと、不安が混ざってる

ドクターは一瞬だけ視線を落としたあと、口を開いた

「搬送前チェックは?」

「基本、フライト前にナースが最終確認してます」

「今日もしてた」

「なら余計おかしいです」

食い気味に返す林くん

「誰かが触った可能性は?」

その一言で、空気が変わる

周りのスタッフも、ぴたりと会話を止める

ドクターは少しだけ考えてから答えた

「ゼロじゃない」

「……」

「ただ、証拠はない」

現実的な答え

それが一番重い

「でも現場は“なかった”で判断するしかない」

冷静な声

「結果だけ見れば、一ノ瀬の準備不備だ」

ぐっと言葉を飲み込む林くん

拳が少しだけ握られているのが見えた

「……あの人、絶対自分責めてますよ」

ぽつりと落ちる言葉

さっきまでの強さとは違う、少しだけ弱い声

ドクターは小さく息を吐いた

「だろうな」

短く答える

「だからこそ、次は同じことするなって言った」

厳しいけど、間違ってない

現場はそういう場所だ

「……くそ」

林くんが小さく舌打ちする

悔しそうに




その横で

俺は、別の違和感を見ていた

視界の端

輪の外

――花宮胡桃

腕を組んで、静かに立っている

普通なら、不安そうにしててもおかしくない場面

なのに

口元が、ほんの少しだけ上がっていた

――ニヤリ

一瞬で消えたけど、見間違いじゃない

……今の、何だ?

背中に、ぞくっとしたものが走る

偶然?

それとも

「……」

視線を外さず、そのまま観察する

胡桃はすぐに、何事もなかったかのような顔に戻っていた

でも

さっきのあれは

気のせいじゃない

……まさか、な

そう思いながらも

頭のどこかで、小さく警鐘が鳴っていた