トップアイドルは白衣の天使に恋をする

陽貴side

現場の空気が、一瞬で変わったのが分かった

扉が開いて――紗凪ちゃんが戻ってきた、その瞬間

……おかしい

直感だった

顔色が、悪すぎる

血の気が引いてる

さっきまで普通に話してた人間の顔じゃない

身体も、わずかに震えてる

そして何より――

今にも崩れそうな顔

泣き出す一歩手前みたいな

「一ノ瀬さん、お疲れ様でした!」

林がいつも通り声をかける

そして

「……あれ?」

林の声が少しだけ変わる

気づいたんだ

異変に

「一ノ瀬さん……?」

その一言

それを聞いた瞬間だった

紗凪ちゃんが、くるっと背を向ける

「ごめん……っ」

それだけ残して

そのまま、現場を出ていった

……は?

一瞬、頭が追いつかない

周りがざわつく

「え、どうしたの?」

「顔やばくなかった?」

「大丈夫かな……」

声が遠くに聞こえる

そんなのどうでもいい

俺は一歩踏み出す

追いかける

そう思った瞬間――

「待ってください」

横から、腕を軽く掴まれた

林だった

「……離せ」

思わず低い声が出る

でも林は、離さなかった

真っ直ぐこっちを見てる

いつもの軽い感じじゃない

「看護師のことは、看護師同士が一番分かります」

はっきりした声

「アイドルに何ができるんですか」

――グサッと刺さる

「俺が行きます」

一歩前に出ようとする林

……正しい

完全に、正論だ

ほぼ間違いなくヘリの出動先で何かがあったんだ

だったら同じ現場の人間の方がいい

分かってる

分かってるけど

「……だから?」

自分でも驚くくらい、低い声が出た

林の動きが一瞬止まる

「それで俺が行かない理由にはならない」

言いながら、腕を振り払う

「っ……」

林が何か言いかける

でも構わない

「悪いけど」

一歩、前に出る

「今は譲れない」

それだけ言って、走り出す

正しいかどうかなんてどうでもいい

理屈も、立場も、全部分かってる

それでも

――あの顔、放っておけるわけないだろ

ただそれだけだった