クロとシロと、時々ギン

 往来する人の流れをつい目で追っていると、母親に手を引かれた小学生くらいの女の子が目に留まった。彼女の肩から提げられた鞄からは、小さなぬいぐるみがちょこんと顔を覗かせていた。その光景に頬を緩ませつつ、私は大切な思い出の一端を引き出す。

「子どもの頃、先輩と似たような言葉をくれた人がいるんですよ。その時も、今みたいに励まされました」

 笑顔で語る私に、シロ先輩は少し期待を込めた目を向けてくる。

「もしかして、そいつもあのマンガが好きだったとかって話か?」

 私はまた苦笑いを返すことになった。

「さぁ。それはどうですかね? 『ぼく』って言ってたから、もしかしたら読んでいたかもしれないですね」
「知り合いじゃないのか?」

 私の曖昧な答えに、シロ先輩は不思議そうな顔をする。

「ちょっと変わった文通相手だったんです。直接会ったことは一度もなくて……」
「ふ〜ん。そいつとも卒業以来、疎遠になったのか?」
「その子とは小学生の頃の一時期、手紙のやりとりをしていただけで、ほとんど交流はなかったんですよ」
「それでも、そいつはクロの中に残ってるんだな?」
「え? まぁ、そうですね」

 シロ先輩の言葉に頷くと、先輩は満足そうな、でもどこか不満げな顔を見せる。

「ほら。卒業したって、大人になったって、クロが必要だと思った縁は、お前の中に残ってるじゃないか」
「え?」
「お前が疎遠になったって言ってる奴らを思い浮かべてみろ。そいつらの中に、クロが大切だと思える思い出はあるのか?」
「う〜ん。正直、あまり……」

 眉根を寄せて答える私に、シロ先輩は呆れたような顔をする。

「なんだよ。お前の中でとっくに答えは出てるじゃないか」

 シロ先輩はビシリと言い放つと、腕時計をチラリと確認した。

「そろそろ時間だ。もう食うは時間ないぞ」
「ああ、はい」

 先輩の言葉に慌てて荷物を手にして立ち上がろうとした矢先、シロ先輩がボソリとつぶやいた。

「ってか、俺からは、卒業すんなよ」
「えっ?」

 シロ先輩の言葉は、不意にワッと湧き上がった女子高生たちの笑い声にのまれて、あっという間に消えてしまった。
 一足先に伝票を手に席を立ったシロ先輩を急いで追いかける。

「先輩。なんて言ったんですか?」
「……なんでもねぇよ」