クロとシロと、時々ギン

「やっぱり、クロはその方がいいな」

 そう言ったシロ先輩に、咄嗟にむくれ顔を向けてしまった。
 しかし、彼があまりに優しい眼差しで私を見つめてくるものだから、なんだか恥ずかしくなって俯いた。
 それから、おずおずと上目遣いでシロ先輩を見上げる。

「……帰りますか」

 小さな声で呟いた私に、シロ先輩は満面の笑みで答えてくれる。
 既にプロジェクトのメンバーは解散しており、見知った顔はどこにもない。
 私たちは誰の目を気にすることもなく、手を繋いで歩き出した。
 二人の間に会話はない。ただ、お互いの存在を確かめ合うかのように、繋いだ手に力を込めた。
 いつもより少しだけ強く握られたその手が、私を安心させてくれる。

 隣を歩くシロ先輩の態度はいつもと変わらない。でも、いつもよりも少しだけ口元が強張っているようにも見えた。
 私は彼の指先に自分の指を絡めるようにして握り直す。
 シロ先輩は驚いたようにこちらを見たが、すぐに照れ臭そうな笑顔を見せた。

「海、寄っていくか」

 シロ先輩が唐突に言った。
 私は黙ってうなずいた。
 きっと、先ほど言っていた大事な話をするのだろう。

 潮風が私たちの間を吹き抜けていく。
 波の音を聞きながら、私たちは砂浜に腰を下ろした。
 夕陽は水平線の彼方へ沈みかけており、空は赤く色付いている。

 シロ先輩は何も言わない。私も何も言わない。
 何か言いかけては口をつぐみ、また開きかけては躊躇する。そんな小さな息遣いが隣から聞こええてくる。
 大事な話とはそんなにも話しづらい内容なのだろうか。

 私は急かすこともせず、ただ静かに待った。
 どれくらいの時間が経っただろうか。
 ようやく意を決したらしいシロ先輩が、ゆっくりと切り出した。

「俺、会社を辞めようと思う」

 びっくりしすぎて言葉が出なかった。「どうして?」とか「理由は?」とか、そんな言葉すら出てこなかった。
 ただ呆然とシロ先輩を見つめる。
 先輩は私の反応を予想していたのかもしれない。あえて何でもないという様子で淡々と言葉を続けた。

「考えてるって伝えてあったじゃないか」

 確かに随分前に転職の話題が出たことはあった。だけどあの時は会社に残ると言っていたではないか。
 私は言葉を失っていた。