クロとシロと、時々ギン

 私の指摘にシロ先輩は一瞬ポカンとした表情を見せたが、すぐに吹き出した。
 ひとしきり笑い終えたシロ先輩は、スッキリした顔で言う。

「おう。気をつける」

 その笑顔にドキッと胸が高鳴るのを感じた。思わずじっとシロ先輩の顔を見つめて固まってしまう。
 そんな私の耳に、「あら、まぁ。いいわねぇ。ほほほ」と、通り過ぎていく人の笑い声が届いた。
 その声で我に返った私は、慌ててシロ先輩から視線を逸らした。ドクンドクンという心臓の音がうるさいほど耳に響く。

(鎮まれ、私の心臓)

 心の中で必死に念じていると、シロ先輩が私の顔を覗き込んできた。
 突然視界いっぱいに広がったシロ先輩の顔に、さらに鼓動が激しくなる。まるで全身が心臓になったかのようにドキドキが止まらない。
 シロ先輩は、そんな私の様子を不審に思ったらしい。

「どうした? 顔赤いぞ? 熱でもあんじゃねーのか?」

 伸ばされた手が額に触れる直前、私はその手を避けるように慌てて飛び退いた。
 その行動に、さすがのシロ先輩も驚いたようだ。目を見開いて固まっている。
 私は咄嗟の行動に自分でも驚きつつ、何とか誤魔化す言葉を口にする。

「だ、大丈夫です。何でもないですから」

 自分の気持ちを悟られたくなくて誤魔化そうとしたけれど、上手い言葉が出てこない。
 人は、焦れば焦るほど言葉が出てこなくなるのだということを、この時初めて知った。
 黙り込んでしまった私たちの間に沈黙が流れる。
 先に動いたのはシロ先輩だった。

「まぁ、大丈夫ならいいけど。でも、少しあそこで休んでいこうぜ」

 境内の端にあるベンチ。促されるままにシロ先輩と並んで座った。
 境内の池を眺めながら、静寂に包まれたこの場所の雰囲気に浸っていると、シロ先輩が唐突に口を開いた。

「あそこにものすごくデカい木が立ってたのにな? なくなったんだな」

 懐かしむような遠い目をしたシロ先輩の言葉に、私はハッと息を呑んだ。

(そうだ。あの場所には大きな桜の木があったんだ)

 この場所を訪れた時に感じた違和感の正体に気づき、私はいてもたってもいられなくなって立ち上がる。

「そっか! 大きな木! そうだ。そうだ」

 独り言のようにブツブツ言いながら歩き出そうとした私の腕を、シロ先輩が掴む。

「おい。どうした、クロ」