クロとシロと、時々ギン

「……変ですか?」
「うーん……」

 シロ先輩は少し考えるような仕草を見せた後、ボソリと言った。

「いや、似合ってると思うぞ」

 その一言に、私は目を見張った。
 これまで何度もリップを変えてきたけれど、シロ先輩に褒められたことなんて一度もなかった。むしろ、いつもからかわれてばかりだったのに。
 だからこそ、そんなストレートな褒め言葉がすごく嬉しくて、なんだか照れくさかった。思わずにやけそうになるのを、必死にこらえる。

「ありがとうございます。でも、そんなにジロジロ見ないでくださいよ。私、そんなにいい女ですか?」
「はぁ? 何言ってんだよ!」

 シロ先輩はぶっきらぼうに言い放ち、そっぽを向いてしまった。
 その様子をおかしく思って見ていると、彼は大きくため息をついた。ゆっくりと視線をこちらに戻し、困ったように眉尻を下げる。

「お前さあ、無理すんなって」
「えっ?」

 突然の言葉に動揺する私を見て、シロ先輩は苦笑いを浮かべる。

「転職の話になってから、ずっと暗い顔してるだろ?」
「……し、してませんよ」

 とぼける私に苦笑しつつ、シロ先輩は鼻の頭を掻く。

「……実は俺、けっこう嬉しいんだよ。今の仕事にやりがいがなくても、少なくともクロには必要とされてるってことだろ?」

 私は素直にうなずいた。まさに、その通りだったから。

「当たり前じゃないですか! 私は……」
「なら、それで十分だ。お前はもう十分一人前だと思うけど、それでもクロが必要だって言うなら、俺は……もうしばらく仕事、続けるよ」

 そう言って、シロ先輩は私の頭をポンと軽く叩いた。優しい眼差しでこちらを見る。

「辞めるのはいつでもできるけど、今辞めたら、後悔する気がするんだ」
「先輩……」

 シロ先輩は、優しく笑った。

「ほら、早く帰ろうぜ」

 駅へ向かって歩き出したシロ先輩の背中が、いつもより大きく見える。
 いつか私たちは、別々の岐路に立つかもしれない。でも、それは今すぐのことじゃない。

 気持ちを切り替えるように、小さく深呼吸をする。
 それから、シロ先輩を追いかけて走り出した。追いつき、隣に並んで歩く。
 先輩の背中を見ていると思っていたけど、本当は――いつの間にか、並んで歩けるようになっていたんだな。
 シロ先輩の横顔を見つめながら、私はそんなことを思った。