2001年、4月。
今日から私は新しい私になる。
初めて知りあう子たちと、新たな人間関係を築いていく。
大丈夫かな。大丈夫だよね。
自分に言い聞かせながら、緑野女子学院の正門をくぐる。
今日は高校の入学式。
第一志望の高校に推薦で合格した私は、晴れて花の女子高生になる。
真新しい制服を着た女の子たちが、保護者と一緒に正門から続く並木道を歩いている。
中学時代ブレザーだった制服は、冬はジャンパースカート、夏はセーラー服。
特にセーラー服を着るのは憧れだったから、今から夏服の季節が待ち遠しい。
それにしても、女子校だから当たり前だけれど本当に見渡す限り女の子しかいない。
地元の男女共学中学に通っていた私にとっては、やっぱり新鮮な光景だ。
校舎の前まで行くと、先生達がクラス分けのプリントを配っていた。
この学校はクラス分けを掲示板に貼り出すのではなく、先生がプリントを配るシステムらしい。
プリントをもらって自分のクラスを確認すると、私はF組だった。
友達できますように……!
そう心の中で唱え、一度深呼吸してから教室のドアを開けて中に入る。
座席表で自分の席を確認していたら、何人かの子と目が合って、その中のひとりが「おはよう」と笑顔で声をかけてくれた。
「おはよう」
「名前なんて言うの?」
「高梨萌です」
「萌ちゃんっていうんだ! 可愛い名前だね」
「ありがとう」
「萌ちゃん、ちっちゃいね~! 身長何センチ?」
「140センチくらいかな」
予定より3ヶ月早く未熟児で生まれたこともあり、私は同年代の平均身長よりもかなり背が低い。
家族や親戚からは「まだまだこれから伸びるよ」と言われているけれど、結局中学2年生くらいからほとんど身長は伸びず、140センチちょっとで成長が止まってしまった。
背の順で並ぶ時もずっと一番前だし、物心ついた時から「チビ」とからかわれることも多くて、背の低さは今もコンプレックスだ。
「マジで!? かわいい~!」
「ちょっと、抱っこしてもいい?」
だけど、そんな私の気持ちに反してあっと言う間に数人の子達に囲まれた。
これが女子校のノリなのかな?
でも、みんな話しやすそうな子たちばかりで良かった。
このクラスは外部生だけというのもあるかもしれないけれど。
緑野女子学院は幼稚園・中学・高校・大学の附属校で、中学から持ち上がりの内部生と、高校受験して入った外部生でクラスを分けているらしい。
つまり、私のクラスはみんな別々の中学から来ていて、今日が初対面ということになる。
* * *
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます」
そして、簡単なホームルームのあとに体育館で入学式が始まった。
先生の話を聞きながら、いよいよ高校生になったんだと実感した。
中学受験させようとしたお母さんに「中学は地元の公立に行くかわりに高校はしっかり勉強して入れるところに行く」と約束した通り、自分の成績よりワンランク上の学校だったけど、塾通いして頑張って勉強して推薦で合格した。
楽しい高校生活になるといいな。
もう中学時代のような目に遭いたくない。
だから、地元から1時間以上かかるこの学校を、私立の女子校を選んだんだ。
* * *
高校に入学してから1週間が経ち、私の高校生活は順調な滑り出しで、入学式の翌日から友達がたくさん出来た。
中でも特に仲良くなったのは藍ちゃん、茜ちゃん、紫ちゃん、翠ちゃん、桃ちゃんという5人で、お昼休みも一緒にお弁当を食べている。
気がつけば、私のグループがクラスでいちばん人数の多いグループ。
みんなで教室の机を寄せてワイワイ話しながら食べるのはホントに楽しい。
学食もあるけれど、中高合同学食で混み合っているから、私達は教室でお弁当を食べることにしている。
「みんな部活とか決めた?」
「悩むよね~」
「萌ちゃんは?」
「私は帰宅部かな」
これは入学前から決めていたこと。
小学6年の時から通っている塾の先生から事前に緑野女子は部活必須じゃないと聞いていたし、特に入りたい部活もないから。
それに部活には、中学時代の苦い思い出もあるし。
「うちの学校ってチア部が結構強いらしいよ」
「チア部か。なんか女の子って感じだよね」
「でも体力的にはキツそうだよね」
「そうかもね~」
みんなで部活の話で盛り上がっていたら、あっと言う間に予鈴が鳴った。
放課後も時間が許す限り仲良しグループの子達と中庭でガールズトークを楽しんでいる。
本当は学校帰りに制服で寄り道って憧れていたけれど、校則では寄り道禁止だから、入学早々校則違反する勇気がなくて駅ビルのお店には行っていない。
今日もいい天気だからと放課後に中庭のテーブルに集まった。
みんな中学が別々だったから、話は昼休みの続きでそれぞれの中学時代の部活の話になった。
「萌ちゃんはお昼に部活は帰宅部って言ってたけど、中学時代は何部だったの?」
「演劇部だったよ」
「へぇ、演劇部あったんだ?」
「うん。人数すごく少なくて地味な印象だったから、演劇部っていうだけでなんとなく他の生徒からバカにれてる感じだったけどね」
「え~!? それ酷いね」
「うん。でも、私の場合はそれだけが理由じゃなかったみたいだけど」
「どういうこと?」
藍ちゃんの問いに、私は一呼吸置いてから話し始めた。
中2の頃、私はクラスの男子にからかわれたり、クラスが違うほとんど話したことのない女子達に嘲笑されたりしていた。
はっきりした理由は今でもよくわからないけれど。
やるべきことはしっかりやらないと気が済まない性格で、掃除や行事の練習を真面目にやらない男子達に「ちゃんとやって」と注意したりしていたから、恐らくそういうのをウザいって思われていたのかもしれない。
小柄で眼鏡もかけていたことから、クラスでリーダー格の男子が私に「もやしメガネ」なんてヘンなあだ名をつけたり、私の口真似をしてバカにしたように笑ったり、昼休みに私の好きな曲がかかってもわざと放送を切ったりする嫌がらせをされたりもした。
「そういうのがイヤで、男子と関わるのもイヤになって女子校を選んだの」
「そうだったんだ……」
あの頃の私は、男子達のからからかいの対象にされてクラスでの居心地が悪かった。
完全に孤立していたわけではなかったし、“いじめ”と言えるほどのものでもなかったかもしれないけど。
でも、みんなただ黙って見ているだけで、かばってくれるような友達はいなかった。
そんな私にとって学校の中で唯一居心地のいい場所が演劇部だった。
人数が少ない分アットホームな雰囲気だったし、やるべきことはしっかりやる性格が先輩達には「一生懸命やる真面目な子だ」と気に入ってもらえて、可愛がってもらっていた。
「だから、先輩達との仲は良かったんだ」
「じゃあ、演劇部自体は良い人ばかりだったんだね」
「うん。でも、私が引退する時の大会は雰囲気悪かった」
先輩達が引退した後、私は演劇部の部長になった。
2年生は私ともうひとり男の子のふたりだけで、必然的に私が部長になるしかなかったんだけど。
私が通っていた中学の演劇部では、年に3回地元の中学校合同で開催されている市内大会に参加していた。
1、2年の大会は特に問題なく和気あいあいと舞台を終えられた。
そして、3年の夏。
私にとって最後の大会は、私が大好きな小説を台本にして劇をすることになった。
部員のみんなにも小説を読んでもらって、この作品でやろうということになった。
夏の大会は部長が主役になることが伝統だったから、私が主役。
そして、配役、照明、音楽…ほとんどを部長である私が考えて、練習が始まった。
でも、少しずつ後輩の子達の態度が変わった。
練習を真面目にやってくれなくなった。
考えられる原因は、 “廃部”。
私達3年生が引退してしまうと、部員は2年生の男子2人と女子2人の4人だけになる。
だから、来年の春には廃部になるだろうという話が出ていた。
後輩のひとりは、「私、廃部になったらバスケ部入ろうかな」なんて早くも廃部後の話をしていた。
大会に向けてまとまらなければいけないはずが、どんどんまとまりが悪くなっていた。
真剣に悩んで、仲良しの先輩に相談した。
先輩は、「萌ちゃんはよく頑張ってるよ」と言ってくれたけど。
親や顧問の先生には「部長として力不足じゃないのか」と言われた。
このままじゃダメだと思った私は、後輩の女の子ふたりを呼んで、話し合いをした。
「何かあるなら正直に言って」
そう言った私に、後輩の子達が口を開いた。
「今回の劇って、全部先輩が決めてるじゃないですか。うちら正直あんな内容だと思わなくて…」
「でも、ちゃんと事前に台本見せて確認とったよね?」
「そうですけど…」
でもやっぱりホントは嫌だった、と言いたげな後輩。
だけど、今から台本を替えてやるには時間がなかった。
「私が勝手に決めたのは申し訳なかったけど…。大会まであまり時間がないし、今の台本で一緒に頑張って欲しい」
そう話をして、なんとかやり遂げた最後の大会。
だけどやっぱり納得いかない部分があったようで、私にとって最後の大会は後味の悪いものになってしまった。
そして卒業式の日。
部活の後輩から先輩への卒業プレゼントは、花束と寄せ書きの色紙か手紙、というのが定番だった。
それは演劇部でも同じで、私も1・2年の時は先輩に手紙を書いてプレゼントしていたのだけど。
「先輩、プレゼントです」
そう言って渡されたものは黒い大きなゴミ袋。
中には、部室にあった過去の大会で使用した大道具や小道具や衣装が入っていた。
“思い出の品”と言えば表現は綺麗だけど、要するに、ただの用済みのゴミだった。
しかも花束や手紙のプレゼントはなくて、渡されたのは本当にその大きなゴミ袋ひとつだけ。
ただショックだった。
そんなに私は後輩に良く思われていなかったのか、と。
演劇部に入っていたせいでバカにされたり、中学生活最後の最後にあんなイヤな思いをしてしまった。
これが、私の中学時代の部活の苦い思い出だ。
そういうこともあって、私は高校で部活に入りたいとは思っていなかった。
そもそも演劇部に入ったのも、中学では部活必須で大の運動嫌いな私は文化部に入るしかなく、その文化部も演劇・美術・吹奏楽部の3つしかなくて消去法で演劇部を選んだだけ。
正直、演劇には全く興味がなかったから、高校に入ってまで続けたいとは全く思っていなかった。
塾に通っているとか、家から学校までちょっと遠いとか、自分の時間がほしいっていうのも、もちろん理由ではあるけど。
「そっか、色んなことがあったんだね」
「うん。だから、高校生活は楽しいものになるといいなと思って」
「大丈夫だよ! うちらと楽しいアオハル過ごそう!」
藍ちゃんが笑顔で言ってくれた。
「ありがとう」
嬉しいな。
出会ってまだ数日なのにこんな話をしても大丈夫かなと思ったけど、みんなと本当に仲良くなりたいから勇気を出して正直に話した。
みんなとなら気が合いそうだし、仲良くなれる。
その時、私は心からそう思っていた。
* * *
少しずつ高校生活に慣れ始めた4月の終わりのある朝。
地元の駅に着いたら、ホームに見覚えのある人の姿が見えた。
「碧先輩?」
「萌ちゃん!」
わたしが声をかけると、先輩もわたしに気づいてくれた。
「偶然ですね。先輩もこの時間ですか?」
「うん、そうなの」
碧先輩は中学時代に所属していた演劇部の1つ上の先輩。
お互いGLAYの大ファンで、部活の時間はいつもバンドトークで盛り上がっていた。
先輩が部活を引退した後も、中学を卒業した後も、お互い文通ならぬ『GLAY通』と称して手紙で連絡を取り合って交流が続いていた。
最後の大会で後輩との関係に悩んでいた時も、親身に相談に乗ってくれたのも葵先輩だ。
「高校生活はどう?」
「通学に1時間以上かかるのは大変だけど、気の合う子が多くて毎日楽しいですよ」
「そっかぁ。良かったね」
なんてお互い近況報告をしていたら、
「じゃあ、わたしはここで乗換だから」
あっという間に先輩が降りる駅に着いた。
「またね」
「また今度遊びに行きましょう!」
笑顔で手を振って別れる。
まさか先輩に会えるとは思わなかったな。
短い時間だったけど、話ができて嬉しかった。
高校生活が始まってから数週間経ったけど、今は毎日が楽しい。
地元から通学に片道1時間以上かかるのはちょっと大変だけど、さすが私立だけあって校舎は綺麗だし、設備が整っている。
女子校だからか、先生もおっとりのんびりしていて優しい先生が多い。
クラスでは、最初に仲良くなったグループで休み時間に話したり、一緒にお弁当を食べたり、放課後にみんなでお茶したり、憧れてた女子校生活を満喫している。
毎日が順調で楽しくて、この時のわたしは、ずっとこんな楽しい高校生活が続くと思っていた。



