走って、息を切らしながら前を真っ直ぐ見つめた。
階段を駆け上がり、屋上への道を縮めていく。
「久利さん!」
後一歩、屋上へのドアが見える階段の踊り場。
自分を呼ぶ女の子の声に足を止めて、階下を確認した。
「話があるの。」
木口さんが、怖い表情で階段を上ってくる。
私は息をゆっくり吐きながら、乱れた髪を整えた。
近づく木口さんに、どう対応していいのか惑う。
「私、晴くんとは別れないから!」
晴は、私への気持ちを告げたのだろうか。
何故か、木口さんの怒りの中に不安のあるのが汲み取れた。
「木口さん。私は、晴より好きな人が出来たの。さっき晴にも、そう伝えた。二人の問題に私は関係ないわ。」
木口さんは、涙ぐんで睨む。
「……てる。そんな事、分かってるわよ!」
声を荒げ、私に攻め寄って服や髪を掴んだ。
私は痛みに抵抗もままならず、なんとか回避できないかと体を動かす。
足が絡んで、体勢を崩した。
「……あ。」
体が宙を浮くのを感じて、その後はスローモーションのように時間の流れが変わる。
木口さんは口を押え、青ざめて目を閉じた。
もう駄目だ。このまま落ちていく……
諦め、視界を閉ざそうと目を細める途中、階上の手すりから飛び越えた影が見える。
閉じかけた目に入るのは、私に手を伸ばして必死な表情の男子生徒。
……タクマ……?
手が強い力に引かれ、体が大きく揺れて体勢が変化した。
両足が、その位置にある階段を何とか捉え、崩れそうになる。
最初にタクマが私に差し伸べた手は、私の手を捕らえたまま。
視界に入ったタクマは、私の落下の重みを、階段に設置された手すりにつかまって支えた。
素早い動き。
崩れる私を、タクマは自分の身を支えていた手すりを離して、私の腰に腕を回して抱き寄せる。
茫然と、一瞬の出来事を思い返して震えが生じた。
遮断される音。
…………
物語の様なヒーローの登場に、心が囚われる。
貴方が音のない世界に現れ、心は惹かれて、夢のように甘い感情を味わう。
私は有音の奏でる曲に満たされて、無音が紡ぐ夢物語に魅せられてきた。
そう……まるでそれは、無音が奏でる曲。
もう、いっそのこと……このまま囚われてしまいたい。
無音な奏曲の囚われ人…………

