「落としましたよ」
心理学の講義を終えて、逃げるように教室を後にするとふわりと甘くて鋭い香水の匂いが私を捉えた。
振り向くとそこには、精巧につくられた人形のように整った顔をした金髪センター分けの男子大生がいた。
彼の名前は黒瀬蓮都だ。
ろくに話したこともないのにフルネームを知っているのは、彼が日本でも指折りの超大企業――『黒瀬グループ』の御曹司ということだから。
しかもイケメンでそれを鼻にかけることもないという人間性から、キャンパス内で名前を聞かない日はないほど、圧倒的な存在感を放っている。
「ありがとうございます」
彼の手から白いシャーペンを受け取り、そそくさとその場をあとにする。
そのとき、彼の大きな手が私の肩にかかった。
何か悪いことをしてしまったかな、と恐る恐る振り向く。
黒瀬蓮都がいつもの『聖人君子』とはちがう、虎視眈々と獲物を狙う猛禽類のような瞳をしていた。
そして、信じられない一言を放つ。
「きょう2人で飲みに行こ」



