受付嬢なのに、清掃員から一途に溺愛されています ~タワマン最上階で猫と過ごす、秘密の恋~

 受付嬢って、
 『よくナンパされるでしょう』
 と聞かれることもある。

 でも、実際は、
 そんなこと、ほとんどない。

 来社する人だって、
 取引先の受付を口説いた、
 なんて噂が立ったら、
 大変なことになるのは分かっている。

 だから、
 名刺をください、
 なんてことは、まずない。

 ……ない、はずだった。

 その日、
 いつもの配達の人が、
 ロビーに入ってきた。

 四十代くらい。
 いつも丁寧で、
 特別なことは何もない人。

 その手に、
 小さな花束があった。

 え、花?

 しかも、こちらを見て、
 にこっと笑っている。

 ――え。

 一瞬、
 私に?
 と思ってしまった。

 思わず、微笑み返して、
 手が出そうになる。

 その瞬間だった。

 花束が差し出された先は、
 ……絵莉。

 隣に立つ、絵莉だった。

 絵莉は、
 少し驚いたように目を瞬かせてから、
 いつもの笑顔で、自然に受け取った。

  「ありがとうございます」

 私は、内心で、ひやっとする。
 危ない。

 本当に、危なかった。
 手、出さなくてよかった。

 絵莉は、花束を見て、
 「わあ、かわいい」
 なんて言っている。

 私は、苦笑しながら、
 小さく言った。

  「……絵莉、すごいですね」

 すると、
 絵莉は一瞬だけ、表情を曇らせた。

  「すごくないよ」

 声は、
 思ったより、そっけない。

  「オヤジから花束もらって、
   嬉しいと思う?」

 私は、
 返事に困る。

  「……キャバクラ嬢じゃないんだから」

 そう言って、絵莉は肩をすくめた。

 花束を、
 そっとカウンターの下に置く。

  「もらったからって、
   どうしていいか分からないし」

  「断るのも、
   角が立ちそうで、面倒だし」

 さっきまでの、
 完璧な受付スマイルとは違う、
 素の声。

 ――ああ。

 私は、心の中で、
 くすっと笑った。

 絵莉は絵莉なりに、
 ちゃんと困っているんだ。

 モテるから楽、
 なんてことは、ない。

 目立つ分だけ、余計な気も使う。

 余計な期待も、
 余計な誤解も。

  「……大変ですね」

 そう言うと、
 絵莉は、
 一瞬だけ私を見て、
 ふっと笑った。

  「でしょ?」

 その笑顔は、さっきより、
 少しだけ柔らかかった。

 冷たいロビーの空気の中で、
 私たちは、並んで立ち続ける。

 花束の、
 ほんのり甘い香りだけが、
 その場に残っていた。