触れられない手

夜。布団の中で目を閉じる。

屋根を叩く音が、だんだん大きくなる。
視界が暗くなって、あの日の光景が、鮮明に蘇る。

赤い傘。叫ぶ声。動かない母。

「……っ」

息が、できない。

目を閉じると、勝手に思い出す。

「……っ」

喉が、ひくっと鳴る。
息が浅くなって、胸が苦しい。

大丈夫。今は一人。
祖母の寝息が隣の部屋から聞こえる。それだけが現実につなぎ止めてくれた。

そのとき――カーテンの向こうに、影が動いた。
二階の窓の下。
雨の中に、誰かが立っている。

心臓が止まりそうになる。
まさか。
でも、すぐに目を逸らした。

見てはいけない。確かめてはいけない。
あの人が、私のことを気にしてるはずがないから。

翌朝、
おばあちゃんがぽつりと言った。

「昨日、夜遅くまで誰か外にいたわよ」

私は、何も答えられなかった。