触れられない手

「おかえり、柚香」

おばあちゃんの声は、いつも優しかった。

「ただいま」

小さな木造の家。古いけれど、安心できる場所。
ここだけが、私の居場所だった。

「雨、ひどかったでしょう」

「うん」

祖母は、何も聞かない。
私が過去を話したがらないことを知っているから。

夕飯のあと、縁側で雨を眺める。

「……柚香」

祖母が、ぽつりと言った。

「朝陽くん、戻ってきたんだってね」

心臓が跳ねる。

「……誰から聞いたの」

「近所の人よ」

少し間があって、祖母は静かに続けた。

「あの子も、大変だったのよ」

私は、何も答えられなかった。
大変だったのは、私だけじゃない。それは、わかっている。

でも。

「……私」

喉が詰まる。

「朝陽に、嫌われたままだから」

祖母は私の頭をそっと撫でた。

「本当に嫌いなら、あんな目で見ないわ」

その言葉に、涙が滲んだ。