触れられない手

朝陽が隣の席にいる。それだけで呼吸が浅くなる。

教科書を開く音。シャーペンが紙を擦る音。
全部が、近すぎる。

なのに――彼は一度も私を見ない。

「……」

名前を呼びたいなんて、思っちゃだめだ。

ゆず。
昔は、そう呼ばれるのが当たり前だったのに。



昼休み。
クラスの子たちが朝陽を囲む。

「転校してきたんだよね?」
「前どこ住んでたの?」

「……県外」
短い答え。

「一人暮らしって本当?」

その言葉に、少しだけ空気が変わった。

「うん」

それ以上は話さない。
私は机に伏せたまま聞いていた。

一人暮らし。
朝陽は、家族と一緒にいると思っていた。
少なくとも、母親と。

――違った。