〜真昼の月と見慣れない制服〜

 私の通っている高校も、律さんの通う高校も夏休みに入った。律さんは貯金額に満足がいかなくて、週5日で夜勤2時間のバイトを始めた。私に迷惑をかけたくないのか、私と話すときは笑顔だった。けど、そんな笑顔の裏には自分の体を壊してまで働く疲労が溜まっているのが見えた。ボサボサの髪、目の下のクマ、止まらないあくび。疲労が溜まっているのが丸わかりだった。律さんの疲労の原因はバイトをしたのもあるけど、寝床も原因だった。律さんは私を庇護してから、ダイニングにあるソファで寝ていた。私もソファに座ったことがあるが、律さんが使っていたベッドのフカフカ感が違う。フワフワしている素材も違う。こんなソファで寝ても疲労が取れるわけない。ちゃんとした寝床で寝てほしい。私は律さんと同じベッドで寝た。今は、その翌朝で朝食を食べ終わったところ。
「昨日はよく寝られた?」
「……眠い……」
律さんはまだ疲労が溜まっているみたいだ。
「新しいベッド買わないと……」
律さんがダイニングの椅子にもたれていると
ーーブーン……ブーン……。
律さんのスマホのバイブレーションが鳴る。律さんがスマホの画面を見ると
「最後の下3桁が110……」
と呟いた。110は、警察の電話番号。もしかして、律さんが何か犯罪に手を染めてしまったの?
「もしもし?」
律さんは電話に出た。すると電話の主は
『お前、娘に何をした! この変質者が!』
と。怒鳴り声が聞こえた。スピーカーにしてなくても、私にははっきりと聞こえた。
『警察に突き出してやるから、覚悟しなさい!』
女性もいる。私は誰か分かった。
『すぐに娘を返せ! さもないと、ただではおかないからな!』
男性は、律さんを犯罪者に仕立て上げようとしてる。
『娘がいない間、私たちがいかに心を痛めたか、お前にわかるか!』
女性は涙を流す演技をする。
『《《月島啓介》》さん、そして《《葉月》》さん……電話を返してください……ちゃんと経緯を説明しないと相手も困りますので……』
若い警察官の声が聞こえた。そして啓介と葉月は私の両親の名前だった。
『もしもし、警察の者ですが……桜井律様の電話でお間違えないでしょうか?』
警察が丁寧な対応をした。
「はい、そうですが?」
『実は、先ほど月島雫様のご両親が警察署に来て「娘が誘拐された」と映像を見せられて……』
「いえいえ、とんでもないです! 俺は誘拐などしません……」
『私も、そのご夫婦がスマホから撮った映像を見ましたが、音声が入っていないので……あなたが雫様とどんな会話を交わして部屋に入れたのか分かりませんので……』
警察は、事情を説明した。
「だからか……」
律さんも納得した。すると電話口から
『警察すら、俺らの意見を否定するのか……』
『誰も認めないのね……』
『俺たちゃ……何も間違えていねぇ……』
警察署を出ていく音が聞こえた。
『律さん……申し訳ありませんが、雫さんをずっと匿うことはできないと思いますので《《児童養護施設》》を視野に入れておいてください』
ーープー……プー……。
電話が切れた。
「雫……」
「な、なに?」
律さんの声が怖い。怒りが交じっているのが分かる。
「月島啓介と葉月って……家族か?」
律さんが私に問うた。正直に答えないといけない。誤魔化しはたぶん、最悪な方向に進む。
「私の親です……」
私は右腕を左手で掴み、俯く。今、体に鳥肌が立ってビクビクしている。怖い。私を捨てた両親が、今度は私を連れ戻そうとしている。
「注意だけはするか……」
律さんは玄関に行き、チェーンを掛ける。
「怖い……」
私が呟くと、
「大丈夫だ……俺が守ってやる……」
私の両肩に手を添える律さん。私は席を立って、律さんを抱きしめる。
「絶対に守って……怖いの……」
「分かってる……」
律さんは、私を抱きしめ返す。その手には抵抗もあって震えもあった。夏で暑いはずなのに、部屋は冬のように冷え切っていた。
「けどまずは、仮眠だけ取らせて……なんか、頭が痛い……」
律さんは、もう一眠り必要だった。
「何時ぐらいに起こしたらいい?」
「夜7時に起こして……バイトに行くから……」
律さんは寝室に向かって、セミシングルに寝転がるとすぐに眠ってしまった。
「昼食と夕食は、自分で作るか……」
私はタブレットを操作して律さんが実家から送られてきたコピー機にPDFを転送する。すると、課題が紙媒体で出てくる。私は夏休みの課題を始める。蒼空高校は課題などは全て紙媒体で郵送する必要がある。不正をしていないとか、整合性などを考えて。
 午後6時50分。あと10分で律さんを起こす時間になる。私は寝室に向かう。律さんは仮眠と言っておきながら爆睡していた。これで昼夜逆転してしまうんだ。
「律さん……起きてください……もう7時になりますよー」
私が体を揺すりながら起床の言葉をかけるも、起きない。
「耳元で囁かないと起きないの?」
律さんがソファで寝てた頃は、私が耳元で可愛い声で囁かないと起きなかった。今もそんな感じなのだろうか。私は律さんに顔を近づけ、耳に口を近づけて、
「早く起きないと……本気のチューしちゃうぞ!」
と。囁いた。すると、律さんは目を覚ます。
「雫……起こしてくれて、ありがとう……」
律さんは手から汗が噴き出ていた。律さんはスマホを手に取って、アラームを停止させる。
《アラームはセットするくせに、起こさせるんだ……》
律さんは、シャワーを浴びに行った。エアコンも点けずに眠ったから汗をかいたんだ。数十秒後にシャワーの音が聞こえた。私はダイニングで律さんが上がってくるのを待った。バイトで行く途中でも汗かくのに。律さんがバイト行ってる途中に私も風呂に入ろうと思う。律さんが入った後に入るのは、どうかと思うけど。律さんの部屋に来てから、風呂に入ったことがなかった気がするから。私は体臭が薄いほうだが、臭わないことが多いけど、健康的に生きるなら、シャワーくらいは浴びたい。
 7時半。律さんがシャワーをし終わった。
「じゃあ……言ってくるよ……」
「うん、行ってらっしゃい……気をつけてね……」
私は律さんを見送った。見送ったあとは、私がシャワーを浴びる時間だ。私はユニットバスに向かい、白いバスタオルを取り出してYシャツを脱いで、シャワーを浴びた。律さんの部屋のシャワーは他とは違う感覚になった。