〜真昼の月と見慣れない制服〜

 ひだまり荘、桜井家ユニットバス。俺は今風呂に入っている。ユニットバスだから浴槽でシャワーを浴びるだけだった。俺がシャンプーを手に取り押すと、
「いつもと色が違う……」
俺がいつも使っているシャンプーの色じゃない。匂いもなんかうまく表現できないが、甘い感じがする。俺は風呂を上がり、学校へ行く準備をした。雫はタブレットでオンライン授業を受けていた。
 緑ヶ丘総合高校、昼の部休み時間。俺が授業の準備をしていると
「律くん? なんかいつもと違う?」
「確かに! 匂いが違う……」
と。同じく昼の部の女子生徒から褒められる。俺は普通に嬉しかった。だが、それを良しとしない人物だっていた。
 3時限目終了後、給食準備中。
「律、ちょっと来い!」
同じクラスの男子生徒数人に呼ばれた。そして連れて来られたのは、男子トイレの個室。すると、突然頭を掴まれて便器に顔を押し付けられた。
「いーち、にー、さーん……」
俺は10秒間、その汚水の中に顔を埋められた。
《なんで俺がこんな目に遭うんだ!》
俺は食欲がわかず、給食に手をつけなかった。
 ひだまり荘、桜井家玄関。俺は、ただいまなんて言葉を言う気力すらなく玄関を開けて、靴を脱がずにそのままうつ伏せ状態で倒れた。給食を食わないで帰ってきたツケだろうか。
「律さん!」
雫の声が聞こえる。俺の倒れている姿にビックリしたんだ。すると、駆け寄ってきて
「だ、大丈夫!?」
と。心配してくれる。そして、俺の頭を触ると
「濡れてる……」
と。呟く。当然だ。俺は10秒間便器に顔を押し付けられたから。
「今日何かあったの?」
雫の心配そうな口調だった。顔を上げて話そうと思い、床に埋めた顔を上げると、少し赤面した。今、雫は俺のYシャツ1枚で正座していて俺は今うつ伏せで顔だけ雫に向けている状態。つまり、雫の足の間が見えてしまう。俺はうつ伏せから仰向けになって上体だけ起こした。そして、蚊の鳴くような声で今日起こったことを話した。
「今日……なぜか知らないけど、同じ昼の部に通う男子にいじめられた……女子からはなんか甘い匂いがするって……」
と。すると、雫は何か言っていたが、俺には聞き取れなかった。数年後に、通販サイトで買ったシャンプーと教えてくれたけど。俺が落ち込んでいる様子を見た雫は
「今日は《《私の膝枕》》で寝る?」
と。俺に言った。俺は目を見開いて雫の方に向く。
「いいのか?」
「その……私なりの償いとして……」
俺はまだこの時、雫がシャンプーを変えた罪悪感だと知らなかったから、雫の言う『償い』がよくわからなかった。でも、このままいじめの記憶が頭に残るのを考えると(うつ)になる。俺は
「膝枕……お願いします……」
俺は正座している雫の膝に下水道で濡れた頭を乗せる。仰向け状態で。
「目を閉じて……楽しいことを考えてね……」
雫の優しい声が俺の耳に入る。俺は雫の優しい笑顔を見ながら眠りについた。目が覚めたら、ソファの枕に変わっていた。
 ひだまり荘、桜井家夏休み中。
「もう貯金が少ないかも……」
雫を匿ってから夏休みに入った。俺も課題があるし、雫も夏休みの課題をしている。それよりも、親の仕送りだけじゃ生活できなくなった。
「どうしたの?」
雫が困った顔で俺を見てくる。
「え、あぁ……ちょっとお金が……」
俺は『雫のせいでお金がない』なんて言えない。遠回しに『雫に出ていけ』って言っているようなものだ。
「ちょっと履歴書買ってくる……雫に心配かけたくないから、バイト始めるよ」
「え、いきなりどうしたの?」
「バイトして、少しでも貯金を増やす」
俺はコンビニでバイトするために履歴書を買いに行った。
 ひだまり荘の向かいのコンビニ、面接室。
「君、16歳か?」
面接官が俺の履歴書を見る。
「週5の夜勤ね……未成年だから2時間しか勤務できねえぞ?」
「問題ありません!」
俺は答えた。
「じゃあ、週5で午後8時から10時までの2時間勤務な」
面接官がシフトを決めた。
「これで面接を終わる」
「本日は、貴重な時間を作っていただきありがとうございます」
俺は席を立ち礼をして、面接室を去る前も礼をして扉を閉めた。それから、俺はコンビニのバイトの日々を送った。正直、キツかった。コンビニ内の掃除や陳列など、色々と足に負担をかける作業が多かった。3日目から足に激痛が走った。夜だから残業後のリーマンや酔っ払いが多くて、雑誌読んでいる客に喧嘩を売ったりが多かった。
 数週間後。俺はソファで寝ているが、疲れは取れなかった。足は痛いし、客にクレームつけられるし、夜勤だから店内で客同士の喧嘩はするし。俺は夜勤にしたのは、夜の方が給料が高いからだ。ちょっとでも生活費の足しになればと思って始めた。雫を助けてやりたいし。雫をバイトに行かせられないから。今は夜で俺はソファに寝転がるが、目がバッキバキで眠気が全く来ない。部屋の明かりを消しても、テレビを消しても目がバッキバキのまま。
「明日もバイトあるのに……」
俺が悩んでいると
「律さん?」
雫が来た。
「まだ寝てないのか?」
「律さん……最近目にクマ出来てるから……寝られてないのかなって……」
「はは……コンビニのバイトのせいじゃない?」
俺は苦しい言い訳をする。寝られてないのは、事実だ。
「私と寝る?」
雫が驚くべき提案をする。
「いいのか?」
「律さんの体壊したくないし……私のせいで」
雫はYシャツの裾をキュッと握る。
「分かった……俺がベッドの半分のところで寝るから……」
俺は数ヶ月ぶりに自分のベッドで寝ることになった。セミシングルだから、狭いけど。
 桜井家、寝室。俺がベッドに潜る。ソファよりめっちゃフワフワしている。バキバキだった目の瞼が重くなっていく。俺が雫を見ていると
「律さん……申し訳ないけど……後ろ向いて寝てくれない? その、服脱ぐから……」
雫は俺に言った。雫は服は着られないから就寝時は肌をあらわにした状態で寝るのが普通だった。俺は窓から差し込む月明かりを眺めていた。だから、俺の部屋に来て1日が経った時あの姿だったんだ。雫はたぶん、今Yシャツを脱いで俺のベッドの半分に潜っている。
「律さん……おやすみ……」
「……おやすみ」
俺も雫も睡魔が来たから、眠りについた。
 数時間後。俺は突然、腹を掴まれ柔らかい感触が背中に感じた。思わず、目が開いてしまう。俺が薄い毛布をめくると、雫が俺を抱き枕みたいに抱いていた。雫のデコルテが背中に感じるあの柔らかい感触だったんだ。あの膝枕と同じ感触を感じる。俺は顔が火照ってしまう。今まで気付かなかった。いや、気付いたが意識してなかった。雫は女の子だ。俺は今、雫を1人の女性として意識し始めたんだ。俺は雫に抱かれていたから、再び眠れなくなった。
 朝6時頃。雫が目覚める。俺は目がパッキパキ状態。
《眠れなかった……》
「律さん……おはよう! よく眠れた?」
「……他ならぬ何かを感じた……」
俺は濁した発言をした。
「雫はいつから心身症になったの?」
俺は聞いた。
「どうしたの? 急に……」
「いいから……答えてくれ……」
「……小3の夏頃から、突然腹痛から始まったはず……」
雫はたぶん10年前から心身症を患っていたらしい。俺は思った。雫は女の子の日はどうしているんだろうかと。でも、男の俺が聞くのは紳士的じゃないから心の中で留めておく。