〜真昼の月と見慣れない制服〜

 俺の名は、桜井律(さくらいりつ)。緑ヶ丘総合高校の昼間部に通う1年生だ。俺は朝起きるのが辛くて、1年多くなるが定時制の高校に通うことにした。朝が弱いから。そして、その高校は実家までは遠いため高校近くのアパートに親の仕送りでやりくりしながら、生活をしている。『ひだまり荘』という石造りの建物だ。一階に4部屋ずつあり、それが数階ある至って普通のアパートだ。
 引っ越して数ヶ月が経った頃、俺は目を疑った。俺の部屋の向かいの扉に膝から崩れ落ちて泣いている、おそらく俺と同じ歳の女の子がいた。正確には扉の前の少しの踊り場なんだけど。その女の子は、普通の格好をしていなかった。服というより麻とかで作られた布を体に巻いていた。どう考えても服じゃない。黒ずんでいるし、ところどころ穴が空いているし、素肌を覆っているだけだとすれば体中チクチクしているだろう。俺が思考を巡らせているとその女の子は立ち上がって、自分の体と顔を壁に向けた。俺に、背を向けた。すると、その麻製の布みたいな物の結びが解け、女の子が肌をあらわにした姿になってしまう。俺は今着ている長袖のYシャツを脱ぐ。緑ヶ丘総合高校は夏冬兼用の制服で夏の時は、この長袖Yシャツを捲って登校している。通気性は皆無なんだけど。長袖のYシャツを脱いで渡すも、不器用に畳んで返される。なぜ、返したのか聞くと
「私、服着られないので……」
と言った。服が着られない。じゃあ、なんで家の外にいるんだ。ここだってアパートの中だが、窓があるから人目があるんだ。着てくれなきゃ困る。俺がそれを言ったら
「服着たら湿疹出るから着られません! お返しします!」
と湿疹が出る。ますます、この女の子が何を言っているのかわからない。俺は無理矢理と言えば言葉が悪いが、その女の子に服を着せた。いくらアパートの敷地内とはいえ、外のわけだから服は着せないといけない。あと、そんな麻製のような布じゃ不快な思いをするだけだ。着心地が良いほうがいい。俺は女の子の背後に回り、Yシャツを羽織らせ第一ボタンから1個1個閉めていった。こんな時、性的興奮なんて微塵もない。全てのボタンを閉めて数分間会話を交わした。本当に湿疹が出るなら、経過次第で別の策を考える。しかし、なぜかその女の子は俺のYシャツを着てから数分経っても湿疹が出なかった。お腹あたりも抑えていたのか腹痛という症状もなかったみたい。でも、俺のYシャツを着せたままでの放置も流石にその女の子は公然わいせつで捕まるリスクがある。ちゃんとした服装じゃないから。俺は女の子を俺の部屋で一時保護した。警察のお世話になるよりはマシだった。その女の子に濡れタオルで足の裏を拭いてから上がらせた。その女の子は、裸足だったし。その女の子の名は、月島雫(つきしましずく)。雫は向かいの部屋の月島家の人なんだろう。ダイニングの椅子に腰を下ろした雫はビクビクしていた。今日が初対面だったし緊張するのも無理はない。たぶん、その服を着られないという症状であまり学校にも行けてないんだ。俺はガラスのコップを2つ用意して麦茶を出した。今の季節、熱いのは適切じゃない。濡れティッシュも出しておいた。普通のティッシュでも良かったけど。俺は雫の向かいには座らず、ダイニングテーブルの横にあるソファに腰を下ろした。無理に目を合わせたりしたら、相手も緊張して口を開かないと思ったから、目を合わせずスマホのゲームをしていた。普段、俺は通知音やゲームの音はミュートにしている。イヤホンをすれば聞こえるけど。ミュートにしていても緊急速報の音はミュートにできない。雫は少しの間で事情を話してくれた。雫は心身症を患っていて、家の中では服を着ないで生活していたという。その服を着ないで生活する人をネットスラングや俗称では《《裸族》》と呼ぶらしい。でも、雫は服の締め付けのない解放感を味わうために裸族になったんじゃない。心身症が原因で服が着れない。他の人とは違うんだ。さらに、俺は質問をした。色々と聞きたいこともあったし、でも決して尋問のようにしつこくは聞かない。相手に不快感を与えない質問が1番有効だと思っている。自己開示しながら聞くのが1番効果が高い。部屋に入る前に俺はほとんど自己開示したから。俺はあの部屋に戻りたいのか聞くと雫は肩の重荷が取れたのか、泣き始めた。俺は泣いた理由は聞かない。存分に泣いて心を落ち着かせる。今の雫にはそれが心を整理してくれていると思う。俺は後ろに回り、雫の肩に手を添える。今、優しく抱きしめてはいけない。初対面の女性に抱きつくのは紳士的じゃないから。体感で数十分ぐらい経っただろうか。雫も心の整理をさせて落ち着いた。雫は蒼空高等学院に通っていると答えた。通信制の高校で、基本的には家でタブレットのオンラインで受けている生徒が大半だった。学校の校舎も存在するが、実技科目や交友関係の場として機能している。雫のように学校に通うことが困難な生徒のための進学先として最適の近未来的な学校だと思う。俺の見解だけど。蒼空高等学院は高等学校卒業程度認定試験と高校卒業資格が取れるとのこと。雫も大学などに進学したいんだ。でも、今の雫はタブレットを持っていなかった。雫は突然思い出し、タブレットをさっきまで住んでいた部屋に忘れてしまったとのこと。俺は充電の減りが早いタブレットを渡した。毎回充電しないといけないが、4時間程度は使える。そして雫にはベッドを与えた。本来は俺が寝るベッドだけど、新しく買うにも費用がかかるし、組み立てるのも時間が足りない。そして、初対面の女性と一緒に寝るのは紳士的じゃない。俺はソファで寝ることにした。ソファもフワフワした素材にしているから。夕飯も食べた雫はすぐに俺の寝室に入っていった。俺は台所に行って料理を始めた。料理できるレパートリーは少ないけど、雫は家の中で勉強するから昼食を作り置きしておく。俺が寝るのは深夜になった。
 翌朝。俺はソファから転げ落ちて目が覚めた。おでこが痛い。
「だ、大丈夫ですか?」
女の子の声が聞こえた。そうだ、俺は昨日雫を部屋に入れたんだ。俺が雫に目を向けると、雫は肌をあらわにした姿で俺の前に現れていた。雫は自分の姿を見て、俺の部屋に駆け込んでしまった。俺に下心があったとすれば、いい目覚ましになったぐらいだろうか。