数ヶ月後、ウエディングドレスおーだーめいど。
「出来たぞ!」
新造さんが、ウエディングドレス専用ボックスに入った俺の着古したYシャツ生地のみで製作されたウェディングドレスを受け取る。
「見てもいいですか?」
「いや、当日まで楽しみにしておくといい……」
新造さんが、満面の笑みで言った。
「分かりました! 本当にありがとうございます!」
俺は新造さんに深々と頭を下げた。感謝してもしきれない。
「奥さんと末永くお幸せにな!」
新造さんは、手を振る。俺も手を振り返して、ウエディングドレスおーだーめいどを後にした。
結婚式当日。俺の前にはモニターが3つあり、左には俺の両親。右は友達の翔太と高校の時の担任兼進路指導担当の先生が映っている。遠隔でも行えるリモート結婚式だ。
「新婦のご入場です……」
司会専用のAI音声が起動する。舞台は俺の部屋のダイニング。ダイニングが1番広い部屋だから。俺の寝室のドアが開き、継ぎ接ぎのYシャツ生地で作られたウェディングドレス姿の雫がベールで顔を隠して画面に入り込む。
「ちゃんとしたウェディングドレスじゃない!」
俺の母、恵が呟く。全部俺の着古したYシャツなんだけどね。神父のAI音声が起動する。
「桜井律さん、あなたは妻の雫さんをいかなる時も一生涯愛することを誓いますか?」
と。無機質な声で俺に問いかける。もちろん俺の答えは
「誓います」
と。答えた。次は雫だ。
「桜井雫さん、あなたは夫の律さんをいかなる時も一生涯愛することを誓いますか?」
と。無機質な声で問いかけた。
「誓います」
雫も同じ答えを言った。
「それでは、誓いのキスを……」
神父のAI音声は停止した。俺は雫のベールをめくって雫と唇を重ねた。雫の唇はファーストキスと同じく淡水の味がした。
食事会。俺も雫も普段着に着替えて、翔太、当時の担任、両親と少し高いレストランで食事会をした。
「律、なんで奥さんの方の家族いなかったんだ?」
翔太が俺に聞いた。
「なんか、急に仕事が入って参加できなかったって……」
「遠隔なんだから参加すれば良いのに……」
翔太はコース料理の前菜を食べ終わる。俺は不服そうに笑う。言えない。雫の両親が倫理観を欠如している毒親だって。
「参加者少なかったから、式場じゃなくて律の部屋でしたのか……教え子の結婚式に行くのは初めてだった」
担任は、目が腫れていた。自分の教えた生徒が結婚というスタートラインに立ったんだ。泣かないわけがない。結婚式だから、コース料理を食べた。俺の両親の挨拶後に籍を入れたため、雫は月島雫ではなく《《桜井雫》》になった。
数週間後、ひだまり荘桜井家。
「雫、映画のチケット2枚あるから見に行かない?」
「どんな映画?」
「『きみの色で、世界が変わる』ってタイトル……原作は湊始之って人っぽい……」
俺は、今日雫とデートする。映画のデート。その後に海デートをする予定。
しあわせシネマ。俺はTシャツと少しサイズの大きい長ズボンを着ている。ダボダボに見えるけど、ベルトで固定しなくてもずり落ちないサイズのズボンだ。雫は黒のフード付き前開きパーカーを着ている。ポップコーンはハーフ&ハーフの味にした。塩とキャラメルで。『きみの色で、世界が変わる』は、男性が主人公の映画だったが、雫と似ているところが多かった。準主人公の女性はその男性主人公に手を差し伸べる存在で、俺と似ている点があった。この映画の準主人公がモノクロな世界を彩ったように、俺は白いYシャツで雫と結ばれることができた。
映画の余韻に浸る中、夕暮れ時になった。俺と雫はひっそりとした海岸にたどり着いた。雫は顔の半分を隠すようにフードを深く被っていた。映画館から海へ行く時も人目を気にしていたから克服は難しい。俺は雫の隣にそっと寄り添い、ゆっくりと砂浜を歩いた。波打ち際に来て俺はレジャーシートを敷き
「雫、あそこの更衣室で着替えてこれるか?」
と、簡素な建物の方を指差した。雫は俺の顔をちらりと見て、小さくうなずいた。俺は雫のために用意した、透けない生地の淡いクリーム色のYシャツと、タオルを渡した。このデートの日のためにリクルートスーツ店の店員と探した。雫は更衣室に行きゆっくりとジャンパーを脱ぎ捨て、、肌触りの良いYシャツに袖を通す。雫はまだ下着や水着には抵抗感があるが、このYシャツがあれば、大丈夫だと信じられた。
更衣室から出てきた雫を、俺は優しい眼差しで迎えた。夕陽を浴びて、淡いYシャツ姿の雫が、波打ち際で隣に座っている。その姿は、かつての怯えた少女ではなく、目が輝きを取り戻した、一人の女性だった。
「どうだ? 気持ちいいだろ、海風」
俺は微笑む。
「うん……っ、何年かぶりかも……」
雫は、波の音に耳を傾けながら、小さく息を吐いた。海に来るのは、水着をバカにされたプールのトラウマ以来だろう。しかし、今は俺が隣にいる。
俺は膝までズボンをまくり上げると、いたずらっぽく雫に水をはねかけた。
「ほら、雫もこっち来いよ!」
雫は最初はびっくりして身を引いたが、俺の屈託のない笑顔に、ふっと笑みがこぼれた。
「もう! 冷たい!」
雫も俺に負けじと、両手で水を掬い、俺の背中に向かって勢いよくかけた。
二人の笑い声が、波の音に混じって響く。俺がわざと水に足を取られて大げさに転ぶと、雫はクスクスと笑いながら俺に手を差し出した。
周囲には、夕暮れの海岸を楽しむ家族連れやカップルが数組いた。しかし、彼らは俺と雫の姿に、誰も特別な視線を送ることはなかった。むしろ、楽しそうにはしゃぐ二人の姿を、微笑ましいカップルとして見ているようだった。雫の服装がYシャツ一枚であることなど、誰も気に留める様子はない。
俺は雫の手を取り、強く握りしめた。
「なぁ、雫……」
「ん?」
「俺さ、雫とこうして、普通のデートができる日が来るなんて、思ってなかった」
俺の言葉に、雫は俺のYシャツの袖をきゅっと掴んだ。
「……私も、律といると、不思議と、どこにでも行ける気がする」
波が二人の足元を洗い、引いていく。その波音は、俺と雫の固い絆と、これから共に歩む未来を祝福しているかのようだった。オレンジ色の太陽が黄色い海に映されて、徐々に沈んでいく。俺は雫を着替えさせた後、レジャーシートを畳み、タクシーで帰った。
夜、10時過ぎ頃。俺と雫はベッドに潜り込んだが、寝付けなかった。
「雫……眠れない?」
「うん……律も?」
「あぁ……」
俺は上体を起こし
「夜風に当たろう……眠くはなると思うし……」
俺は雫の腕を引く。雫は掛けていた俺のYシャツを手に取る。
ひだまり荘、屋上。夜空には数えきれないほど光る星々と白く輝く満月が俺と雫を照らしている。雫は俺のYシャツを羽織っている。
「この姿だと……ちょっと恥ずかしい……」
「座ろうか……夜だから、あまり人いないと思うけど……」
俺は雫と共に、屋上のど真ん中に座る。夜風が吹くと少し心地よくなる。そのまま眠りに就きそう。すると、雫が俺の肩に頭を置いて眠ってしまった。俺は雫が羽織っていたYシャツを取って、抱きしめた。これからの永遠を誓って。
ー完ー
「出来たぞ!」
新造さんが、ウエディングドレス専用ボックスに入った俺の着古したYシャツ生地のみで製作されたウェディングドレスを受け取る。
「見てもいいですか?」
「いや、当日まで楽しみにしておくといい……」
新造さんが、満面の笑みで言った。
「分かりました! 本当にありがとうございます!」
俺は新造さんに深々と頭を下げた。感謝してもしきれない。
「奥さんと末永くお幸せにな!」
新造さんは、手を振る。俺も手を振り返して、ウエディングドレスおーだーめいどを後にした。
結婚式当日。俺の前にはモニターが3つあり、左には俺の両親。右は友達の翔太と高校の時の担任兼進路指導担当の先生が映っている。遠隔でも行えるリモート結婚式だ。
「新婦のご入場です……」
司会専用のAI音声が起動する。舞台は俺の部屋のダイニング。ダイニングが1番広い部屋だから。俺の寝室のドアが開き、継ぎ接ぎのYシャツ生地で作られたウェディングドレス姿の雫がベールで顔を隠して画面に入り込む。
「ちゃんとしたウェディングドレスじゃない!」
俺の母、恵が呟く。全部俺の着古したYシャツなんだけどね。神父のAI音声が起動する。
「桜井律さん、あなたは妻の雫さんをいかなる時も一生涯愛することを誓いますか?」
と。無機質な声で俺に問いかける。もちろん俺の答えは
「誓います」
と。答えた。次は雫だ。
「桜井雫さん、あなたは夫の律さんをいかなる時も一生涯愛することを誓いますか?」
と。無機質な声で問いかけた。
「誓います」
雫も同じ答えを言った。
「それでは、誓いのキスを……」
神父のAI音声は停止した。俺は雫のベールをめくって雫と唇を重ねた。雫の唇はファーストキスと同じく淡水の味がした。
食事会。俺も雫も普段着に着替えて、翔太、当時の担任、両親と少し高いレストランで食事会をした。
「律、なんで奥さんの方の家族いなかったんだ?」
翔太が俺に聞いた。
「なんか、急に仕事が入って参加できなかったって……」
「遠隔なんだから参加すれば良いのに……」
翔太はコース料理の前菜を食べ終わる。俺は不服そうに笑う。言えない。雫の両親が倫理観を欠如している毒親だって。
「参加者少なかったから、式場じゃなくて律の部屋でしたのか……教え子の結婚式に行くのは初めてだった」
担任は、目が腫れていた。自分の教えた生徒が結婚というスタートラインに立ったんだ。泣かないわけがない。結婚式だから、コース料理を食べた。俺の両親の挨拶後に籍を入れたため、雫は月島雫ではなく《《桜井雫》》になった。
数週間後、ひだまり荘桜井家。
「雫、映画のチケット2枚あるから見に行かない?」
「どんな映画?」
「『きみの色で、世界が変わる』ってタイトル……原作は湊始之って人っぽい……」
俺は、今日雫とデートする。映画のデート。その後に海デートをする予定。
しあわせシネマ。俺はTシャツと少しサイズの大きい長ズボンを着ている。ダボダボに見えるけど、ベルトで固定しなくてもずり落ちないサイズのズボンだ。雫は黒のフード付き前開きパーカーを着ている。ポップコーンはハーフ&ハーフの味にした。塩とキャラメルで。『きみの色で、世界が変わる』は、男性が主人公の映画だったが、雫と似ているところが多かった。準主人公の女性はその男性主人公に手を差し伸べる存在で、俺と似ている点があった。この映画の準主人公がモノクロな世界を彩ったように、俺は白いYシャツで雫と結ばれることができた。
映画の余韻に浸る中、夕暮れ時になった。俺と雫はひっそりとした海岸にたどり着いた。雫は顔の半分を隠すようにフードを深く被っていた。映画館から海へ行く時も人目を気にしていたから克服は難しい。俺は雫の隣にそっと寄り添い、ゆっくりと砂浜を歩いた。波打ち際に来て俺はレジャーシートを敷き
「雫、あそこの更衣室で着替えてこれるか?」
と、簡素な建物の方を指差した。雫は俺の顔をちらりと見て、小さくうなずいた。俺は雫のために用意した、透けない生地の淡いクリーム色のYシャツと、タオルを渡した。このデートの日のためにリクルートスーツ店の店員と探した。雫は更衣室に行きゆっくりとジャンパーを脱ぎ捨て、、肌触りの良いYシャツに袖を通す。雫はまだ下着や水着には抵抗感があるが、このYシャツがあれば、大丈夫だと信じられた。
更衣室から出てきた雫を、俺は優しい眼差しで迎えた。夕陽を浴びて、淡いYシャツ姿の雫が、波打ち際で隣に座っている。その姿は、かつての怯えた少女ではなく、目が輝きを取り戻した、一人の女性だった。
「どうだ? 気持ちいいだろ、海風」
俺は微笑む。
「うん……っ、何年かぶりかも……」
雫は、波の音に耳を傾けながら、小さく息を吐いた。海に来るのは、水着をバカにされたプールのトラウマ以来だろう。しかし、今は俺が隣にいる。
俺は膝までズボンをまくり上げると、いたずらっぽく雫に水をはねかけた。
「ほら、雫もこっち来いよ!」
雫は最初はびっくりして身を引いたが、俺の屈託のない笑顔に、ふっと笑みがこぼれた。
「もう! 冷たい!」
雫も俺に負けじと、両手で水を掬い、俺の背中に向かって勢いよくかけた。
二人の笑い声が、波の音に混じって響く。俺がわざと水に足を取られて大げさに転ぶと、雫はクスクスと笑いながら俺に手を差し出した。
周囲には、夕暮れの海岸を楽しむ家族連れやカップルが数組いた。しかし、彼らは俺と雫の姿に、誰も特別な視線を送ることはなかった。むしろ、楽しそうにはしゃぐ二人の姿を、微笑ましいカップルとして見ているようだった。雫の服装がYシャツ一枚であることなど、誰も気に留める様子はない。
俺は雫の手を取り、強く握りしめた。
「なぁ、雫……」
「ん?」
「俺さ、雫とこうして、普通のデートができる日が来るなんて、思ってなかった」
俺の言葉に、雫は俺のYシャツの袖をきゅっと掴んだ。
「……私も、律といると、不思議と、どこにでも行ける気がする」
波が二人の足元を洗い、引いていく。その波音は、俺と雫の固い絆と、これから共に歩む未来を祝福しているかのようだった。オレンジ色の太陽が黄色い海に映されて、徐々に沈んでいく。俺は雫を着替えさせた後、レジャーシートを畳み、タクシーで帰った。
夜、10時過ぎ頃。俺と雫はベッドに潜り込んだが、寝付けなかった。
「雫……眠れない?」
「うん……律も?」
「あぁ……」
俺は上体を起こし
「夜風に当たろう……眠くはなると思うし……」
俺は雫の腕を引く。雫は掛けていた俺のYシャツを手に取る。
ひだまり荘、屋上。夜空には数えきれないほど光る星々と白く輝く満月が俺と雫を照らしている。雫は俺のYシャツを羽織っている。
「この姿だと……ちょっと恥ずかしい……」
「座ろうか……夜だから、あまり人いないと思うけど……」
俺は雫と共に、屋上のど真ん中に座る。夜風が吹くと少し心地よくなる。そのまま眠りに就きそう。すると、雫が俺の肩に頭を置いて眠ってしまった。俺は雫が羽織っていたYシャツを取って、抱きしめた。これからの永遠を誓って。
ー完ー
