桜井家実家、ダイニング。テーブルを挟んで、両親は呆然と私を見つめていた。先ほどまで荒げた声も、激しい動揺も、まっすぐな目に映る強い光の前ではかき消されたかのようだった。
重い沈黙が、ダイニングを支配する。私は両親が動揺から立ち直るのを、ただ静かに待っていた。
数秒か、それとも数分か。永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのは、再び私だった。
「……父さん、母さん……俺にとって、家族はただ血が繋がっているだけじゃないんだ」
私は、両親から目をそらさず、じっと見つめ続けた。
「私は、今まで、父さんと母さんからもらった愛情を、どう返せばいいのか分からなかった……でも、雫と出会って、分かったんだ……家族って、お互いを必要とし、守りたいと願う、そういう気持ちなんだって」
母は、テーブルに置かれた手を固く握りしめたまま、何も言わない。父も、腕を組んだまま険しい表情を崩さない。
「雫は、今まで、家族という温かい場所を知らなかった……一人で、孤独と恐怖と戦ってきた。だから私が、一生かけて、本当の家族を作ってやりたいんだ」
私の言葉は、感情に訴えるようなものではなく、一つひとつの言葉に、真摯な願いが込められていた。
「俺は、雫を守りたい! そして、俺たちの家族に、雫を迎え入れてほしい……それが、俺が両親に、そして雫に、伝えたい新しい家族の形なんだ」
俺は、両親の顔をまっすぐに見つめながら、そう締めくくった。その言葉には、決して揺るぐことのない、真の覚悟が宿っていた。父が『律、お前はまだ19だろう! 高校も卒業したばかりで、まともに仕事に就いているわけでもないのに、何を考えているんだ! 雫さんを養っていけるのか?』と言った際に机を
ーーバンッ!
と。叩いた時にお茶の入ったコップがグヮングヮンと揺れていた。すると、倒れた中に入ったお茶が机に広がった。そして、机からも水滴が滴り落ちていた。呆然と俺を見つめる親とそれを見つめる俺。誰も机に広がった溢れたお茶を拭こうとしなかった。その時
ーーガチャ!
別室で待っていた雫が来た。雫はビクビクしながら、台所から机拭きと思われる布巾を取ってパーカーの袖を肘までまくり、机拭きを水で濡らす。そして、絞り終えると俺の所に来て
「拭くから一旦席を外して」
と。蚊の鳴くような声で俺に言った。俺は雫に従い席を立つ。そして広がらないように丁寧に机拭きで机に溢れたお茶を拭いていく。両親の呆然とした目に生気が宿った。水滴の滴り落ちている机の端も拭き
「奥まで広がっている……」
と。雫は呟く。雫は手が短いため奥まで届かない。そのため、前のめりにならないと奥まで拭けない。両親は、雫の行動を察したのかお茶を溢したコップなどをダイニングテーブルから下ろした。そして、俺と両親は雫の後ろにいた。雫はかなり前屈みで、机拭きの奥を拭いていた。その時、見えたんだ。パーカーの中が。雫は読み聞かせボランティア初日に俺が1回身につけたショートパンツを履いていた。俺はそれが日常の光景だったため、止めようとしなかった。両親は目が点になっていた。机を拭き終わって、台所の流しに手をかけると水の出が凄くて飛び散った水滴が雫のパーカーに付き、かなり濡れてしまった。雫は机拭きを濡らして絞り、元の場所に戻した後、パーカーのファスナーに手をかけた。俺は止めに入った。
「俺の両親の前で肌をあらわにするのはダメだって!」
俺は小さな声で雫に言った。
「でも、このままだと私が風邪引くし……あと、大丈夫だから……」
雫は反論した。俺は諦めた。でも、このまま濡れたパーカーを着てたら風邪引くから仕方がない。俺も今日は服1枚で来たし、俺の服はひだまり荘にしかないから。俺は
「パーカー濡れたから、脱がざるを得ない状況だけど、驚かないでほしい……」
と。両親に言った。俺は、雫のパーカーのファスナーを開く音しか聞かなかった。ファスナーを外した音が聞こえた。そして、たぶんパーカーを脱いだかもしれない。
「あのー……律さん? 私の方を向いてくれる?」
雫の声が聞こえる。俺が恐る恐る雫を向くと、雫はパーカーの下にTシャツを着ていた。俺がショートパンツと同時に渡したやつだ。俺が1回身につけたやつだけど。
「律さんは、私が服が着れないとおっしゃいましたが……実は数年前からカウンセリングを受けています……なので、まだ少しですけど、服は着れます」
雫は続けて
「これでも、私と律さんとの結婚を承諾してくれませんか?」
雫は丁寧な口調で俺の両親を説得した。そして、雫は俺の手を取って再び両親の前に俺を連れて行った。
「これは私の律さんの『真の家族』です!」
と。父と母は目からポロポロと涙が出て来ていた。
「さっきは失礼言って、申し訳ございませんでした」
母が言った。たぶんあの『その娘、服が着られないんでしょう?』が失礼なことだと思っているんだ。
「しがない息子ですが、よろしくお願いします」
父は正座して、頭を下げる。両親は俺と雫の結婚を許してくれて、雫を家族として迎え入れてくれた。
数時間後。俺と雫、両親と他愛ない話をした。俺が部屋で匿ったことや雫を児童養護施設に預けたことは言わなかった。また心配されそうだから。そんな時、母が
「雫さんの両親には、挨拶に行ったの?」
と聞いてきた。雫は顔を下に向け、黙り込んだ。母が『聞いたらいけなかった?』とでも言いたそうな表情になった。
「雫の両親は、事情があって遠くの国にいるから会えないんだ……でも、近々挨拶に行くから……」
俺は嘘をついた。雫の両親が部屋から追い出して、児童養護施設まで押しかけてきたなんて言えない。雫は俺の顔を見続けていた。たぶん『近々挨拶に行く』を真に受けたのだろう。俺は雫に
「両親に心配されたくないから……雫の両親に会いに行かない」
と耳で囁いた。両親はそれを見て、俺と雫が仲睦まじい夫婦みたいに見えたのかもしれない。
「結婚式はあげるのか?」
父が聞いてきた。
「挙げたいけど……雫は大丈夫か?」
「式場の結婚式は無理かも……」
「じゃあ、どうするの?」
母が聞いてきた。
「俺と雫が相談して決めるよ……でも、ウェディングドレス姿も見たいから1回行ってみる?」
「う、うん……」
雫はあまり乗り気じゃない。俺が身につけていない服を着るのは、カウンセリングで和らいだとはいえ、まだ勇気が必要なようだ。
重い沈黙が、ダイニングを支配する。私は両親が動揺から立ち直るのを、ただ静かに待っていた。
数秒か、それとも数分か。永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのは、再び私だった。
「……父さん、母さん……俺にとって、家族はただ血が繋がっているだけじゃないんだ」
私は、両親から目をそらさず、じっと見つめ続けた。
「私は、今まで、父さんと母さんからもらった愛情を、どう返せばいいのか分からなかった……でも、雫と出会って、分かったんだ……家族って、お互いを必要とし、守りたいと願う、そういう気持ちなんだって」
母は、テーブルに置かれた手を固く握りしめたまま、何も言わない。父も、腕を組んだまま険しい表情を崩さない。
「雫は、今まで、家族という温かい場所を知らなかった……一人で、孤独と恐怖と戦ってきた。だから私が、一生かけて、本当の家族を作ってやりたいんだ」
私の言葉は、感情に訴えるようなものではなく、一つひとつの言葉に、真摯な願いが込められていた。
「俺は、雫を守りたい! そして、俺たちの家族に、雫を迎え入れてほしい……それが、俺が両親に、そして雫に、伝えたい新しい家族の形なんだ」
俺は、両親の顔をまっすぐに見つめながら、そう締めくくった。その言葉には、決して揺るぐことのない、真の覚悟が宿っていた。父が『律、お前はまだ19だろう! 高校も卒業したばかりで、まともに仕事に就いているわけでもないのに、何を考えているんだ! 雫さんを養っていけるのか?』と言った際に机を
ーーバンッ!
と。叩いた時にお茶の入ったコップがグヮングヮンと揺れていた。すると、倒れた中に入ったお茶が机に広がった。そして、机からも水滴が滴り落ちていた。呆然と俺を見つめる親とそれを見つめる俺。誰も机に広がった溢れたお茶を拭こうとしなかった。その時
ーーガチャ!
別室で待っていた雫が来た。雫はビクビクしながら、台所から机拭きと思われる布巾を取ってパーカーの袖を肘までまくり、机拭きを水で濡らす。そして、絞り終えると俺の所に来て
「拭くから一旦席を外して」
と。蚊の鳴くような声で俺に言った。俺は雫に従い席を立つ。そして広がらないように丁寧に机拭きで机に溢れたお茶を拭いていく。両親の呆然とした目に生気が宿った。水滴の滴り落ちている机の端も拭き
「奥まで広がっている……」
と。雫は呟く。雫は手が短いため奥まで届かない。そのため、前のめりにならないと奥まで拭けない。両親は、雫の行動を察したのかお茶を溢したコップなどをダイニングテーブルから下ろした。そして、俺と両親は雫の後ろにいた。雫はかなり前屈みで、机拭きの奥を拭いていた。その時、見えたんだ。パーカーの中が。雫は読み聞かせボランティア初日に俺が1回身につけたショートパンツを履いていた。俺はそれが日常の光景だったため、止めようとしなかった。両親は目が点になっていた。机を拭き終わって、台所の流しに手をかけると水の出が凄くて飛び散った水滴が雫のパーカーに付き、かなり濡れてしまった。雫は机拭きを濡らして絞り、元の場所に戻した後、パーカーのファスナーに手をかけた。俺は止めに入った。
「俺の両親の前で肌をあらわにするのはダメだって!」
俺は小さな声で雫に言った。
「でも、このままだと私が風邪引くし……あと、大丈夫だから……」
雫は反論した。俺は諦めた。でも、このまま濡れたパーカーを着てたら風邪引くから仕方がない。俺も今日は服1枚で来たし、俺の服はひだまり荘にしかないから。俺は
「パーカー濡れたから、脱がざるを得ない状況だけど、驚かないでほしい……」
と。両親に言った。俺は、雫のパーカーのファスナーを開く音しか聞かなかった。ファスナーを外した音が聞こえた。そして、たぶんパーカーを脱いだかもしれない。
「あのー……律さん? 私の方を向いてくれる?」
雫の声が聞こえる。俺が恐る恐る雫を向くと、雫はパーカーの下にTシャツを着ていた。俺がショートパンツと同時に渡したやつだ。俺が1回身につけたやつだけど。
「律さんは、私が服が着れないとおっしゃいましたが……実は数年前からカウンセリングを受けています……なので、まだ少しですけど、服は着れます」
雫は続けて
「これでも、私と律さんとの結婚を承諾してくれませんか?」
雫は丁寧な口調で俺の両親を説得した。そして、雫は俺の手を取って再び両親の前に俺を連れて行った。
「これは私の律さんの『真の家族』です!」
と。父と母は目からポロポロと涙が出て来ていた。
「さっきは失礼言って、申し訳ございませんでした」
母が言った。たぶんあの『その娘、服が着られないんでしょう?』が失礼なことだと思っているんだ。
「しがない息子ですが、よろしくお願いします」
父は正座して、頭を下げる。両親は俺と雫の結婚を許してくれて、雫を家族として迎え入れてくれた。
数時間後。俺と雫、両親と他愛ない話をした。俺が部屋で匿ったことや雫を児童養護施設に預けたことは言わなかった。また心配されそうだから。そんな時、母が
「雫さんの両親には、挨拶に行ったの?」
と聞いてきた。雫は顔を下に向け、黙り込んだ。母が『聞いたらいけなかった?』とでも言いたそうな表情になった。
「雫の両親は、事情があって遠くの国にいるから会えないんだ……でも、近々挨拶に行くから……」
俺は嘘をついた。雫の両親が部屋から追い出して、児童養護施設まで押しかけてきたなんて言えない。雫は俺の顔を見続けていた。たぶん『近々挨拶に行く』を真に受けたのだろう。俺は雫に
「両親に心配されたくないから……雫の両親に会いに行かない」
と耳で囁いた。両親はそれを見て、俺と雫が仲睦まじい夫婦みたいに見えたのかもしれない。
「結婚式はあげるのか?」
父が聞いてきた。
「挙げたいけど……雫は大丈夫か?」
「式場の結婚式は無理かも……」
「じゃあ、どうするの?」
母が聞いてきた。
「俺と雫が相談して決めるよ……でも、ウェディングドレス姿も見たいから1回行ってみる?」
「う、うん……」
雫はあまり乗り気じゃない。俺が身につけていない服を着るのは、カウンセリングで和らいだとはいえ、まだ勇気が必要なようだ。
