〜真昼の月と見慣れない制服〜

 ひだまり荘、桜井家。私はまだビクビクしていた。私は濡れたタオルで足の裏を拭いて、ダイニングに向かう。そして、すぐそこの木製の椅子に腰を下ろす。すると、律さんはガラス製のコップを2つ出して氷を数個と、麦茶を入れて、1つ私に差し出した。そして机には濡れたティッシュが置かれていた。律さんはダイニングテーブルの椅子には座らず、その横のソファに腰を下ろし、私など見ずにスマホでゲームをしていた。
《なんで、律さんは私に話しかけてこないの?》
私は疑問に思った。私が肌をあらわにした姿で居たのに、その真相を聞こうとしなかった。私は律さんがくれたYシャツの袖をギュッと握りしめる。思い切って聞くしかない。
「あ、あの……」
私はボソボソと呟くと、律さんはスマホでスライドしている指を止める。
「どしたの?」
律さんが黒く艶のある瞳で私を見る。その目には裏表のないような感じがする。
「私の向かいに座ってくれない? お話ししたいから……」
私はボソボソとしか喋れない。なんだか、静かで落ち着かない。男性の独り暮らしってこんなものなのだろうか。律さんはソファから立ち上がり、少し氷の溶けた麦茶を手に取って、私の向かいに座った。そして、私に目を向けず、またスマホでゲームしていた。しばらく経っても、律さんから話しかけてこない。
「あ、あの!」
私は声を張り上げると、律さんは体をピクリとさせて、スマホゲームを閉じた。
「は、はい?」
律さんはびっくりしている。
「な、なんで私をた……助けたの?」
私はたぶん、あの外でしたのと同じ質問をしたと思う。
「あのまま、外に放っておけないだろ……服も着てないし……あんなバスタオル1枚じゃ落ち着かないだろ……」
律さんは麦茶を一杯飲む。
「なんで、あんな格好で外にいたんだ?」
「へ?」
私は疑問の声を漏らす。
「何か事情があるんだろ?」
「う、うん……」
「1人で抱え込んだら、体が持たなくなる……解決はできないけど悩みを聞くことはできるから、話してみて」
律さんは私に優しい眼差しを向ける。
「私ね……心身症で、服を着ると腹痛と湿疹が出てしまうの……だから、服とかに嫌悪感があって……」
私は続けた。
「だから、家の中では服を着ない裸族なの……父親もいるから、自室に引きこもっていたの」
私が律さんを見ると、頭に「?」を浮かばせていた。
「なんか、分かんないことでもあった?」
「《《裸族》》ってなんだ?」
律さんが聞いた。
「えっと……私の口から言えないから、スマホで調べて」
私が律さんがさっきまでゲームしていたスマホを指差す。Yシャツの袖から少ししか出されない細い私の人差し指が。律さんはスマホを手に取り、検索エンジンを開いた。たぶん、平仮名で『らぞく』と調べているのかもしれない。数分律さんは調べて、表情が険しくなった。
「一応、雫が裸族なのは分かった……けど、このネットにいる人の裸族とは違うことが分かった……」
と。律さんは私に言った。よく説明するのが難しい感情だった。呆れもあって怒りもあってって感じの。
「もしかして、追い出されたの?」
律さんは質問した。私は頷くことしか出来なかった。
「予想的中かよ……」
私の方の麦茶の氷が溶け始める。
「『服着るのを承諾するまで、家に入れない』って言われたの……」
私はなぜか目から滝のように涙が出てくる。濡れティッシュで拭き取ってもまた出てくる。
「……最低な親じゃねぇか」
律さんは呟く。その声には怒りがあった。
「そんな毒親に雫は戻りたいか?」
涙の止まらない私に律さんは聞く。
「……家族に……戻りたくない……」
私は肩の荷が降りた気がする。これが本音だったのかもしれない。今まで支えてくれたのはお父さんとお母さんだけど、心身症で服が着れないからって外に追い出す親なんて普通にありえない。そんなの家族じゃない。涙が大粒になっているのが分かる。律さんは席を立ち、私の後ろに回って、肩をトントンと叩く。初対面の私を優しく抱くことはできないから、肩を叩いて慰めてくれているのだろうか。
「辛かったな……」
律さんは呟く。
「もう……あの部屋に戻らなくていい……」
律さんの声と言葉が私の心に染み渡っていく。麦茶の中に入った氷が
ーーカリン!
と音が鳴った。
 数十分後。私も律さんも心を落ち着かせた頃
「雫はどこの高校通ってるんだ?」
と。聞いてきた。
「蒼空高等学院だけど?」
「あぁ、高認試験と高卒の資格が取れる高校か……」
律さんも知っている高校みたいだ。
「あそこ……通信制だったんだな……」
律さんは、調理器具を並べていた。
「雫は自宅学習型だよな? 心身症があるから……」
律さんは料理でもしているのだろうか。
「そうだけど……」
私は『ハッ!』と息を呑んだ。
「タブレット……あの部屋の中だ……」
私はあの両親のいる部屋にタブレットを置いてきてしまった。あのタブレットが無いと勉強ができない。
「ちょっと待ってて……」
律さんがダイニングの大きいテレビの隣にある扉に入っていった。
 数分後。
「これ、充電の減り早いけど使えると思う……」
律さんが差し出してくれたのは、少し古いバージョンのタブレット。
「確か、Web上のサイトからアクセスするんだろ?」
律さんは料理に戻る。私はタブレットを開く。するとすぐにホーム画面になった。パスワードは外してある。私は蒼空高等学院のサイトにアクセスしてメールアドレスとパスワードを入力して、入った。そして、それをホーム画面上に出した。すぐに入れるように。
「これで学習環境は整ったか?」
「あとは……PDFを紙媒体に印刷できる印刷機があれば……」
「……実家にあったから後で連絡する……それまではノートに書いてやりくりしてくれ」
「わ、分かった……」
律さんの少しの溜めは何だったのだろうか。馴れ馴れしかったのだろうか。
「寝床は俺のベッドを使えばいいよ……」
律さんが私に寝床を提案した。
「え? でもそしたら律さんの寝る場所が……もしかしてダブルベッドですか?」
「いや、違うセミシングルだ……俺はそこのソファで寝るから」
律さんはダイニングの大型テレビの方を見る。律さんは初対面の私を献身的にサポートしてくれているのだろうか。
「なんか不満でもある?」
「い、いえ……ありがとうございます……」
私はダイニングに座ったまま会釈する。ここから、私は律さんとの同居生活が始まった。