〜真昼の月と見慣れない制服〜

【律side】
 雫がふれあい児童養護施設に入所して2年が経った。けど、あと1週間も経てば雫は帰ってくる。俺の部屋に。なぜなら、雫が18歳になるから。俺はその帰ってくる嬉しさに心が躍りながら、手紙を書いた。
内容はこうだ。
『雫へ
いよいよ、一週間後にはここを出て、俺と一緒に暮らすんだね。なんだか、まだ信じられない気持ちだ。
最初は、俺のYシャツ一枚で震えていた雫が、自分の力で一歩を踏み出している。その話を聞いて、俺は本当に嬉しかった。
あの夏の昼下がり、俺が雫にYシャツを渡したのは、ただ雫が一人でいるのを見過ごせなかったからだ。でも、雫はあのYシャツを、俺との「希望の証」にしてくれた。
今度は、俺たちが二人で、新しい「希望の形」を作っていく番だ。
俺の家は、相変わらず散らかっているかもしれないし、豪華なご飯も作れないかもしれないけど、雫が「安心できる場所」にしてみせる。
だから、安心して、俺の元に来てほしい。ずっと、ここで待っているよ。
律より』
と。これが俺が雫に送る最後の手紙。そして、雫が退所する3日前に返事を受け取った。これが雫からの最後の返事
『りつさんへ
てがみ、ありがとう。
なんだか、まだ、しんじられないきもちです。
わたし、がんばったよ。
りつさんが、Yシャツをくれたから。
りつさんと、あたらしい「きぼうのかたち」、つくりたい。
まっててね。
しずくより』
相変わらず、アルファベット以外は全てがひらがなだった。けど、雫らしいと今では思えてくる。面会で昼間頃に帰るとのことで、俺は事前に合鍵を作っていた。雫は俺の部屋に住むんだから。だから、雫が帰ってくる頃には俺は学校で授業受けていないと思う。雫はたぶん、俺の白いYシャツ着たまま帰ると思う。周りから見たら、不自然な服装だ。通報されるリスクもある。郵便受けに合鍵を入れておけば、雫が俺の帰りを待つことなく入れるだろう。3月末日まで授業あるのか定時制の高校はと思うかもだが、本当は授業はない。進路指導を受ける。
 緑ヶ丘総合高校、進路指導室。担当の先生が俺の志望校用紙を見て問いかける。
「律……なんだこれは?」
俺は、志望校用紙の第一志望から第三志望全てを『なし』と回答した。
「文字通りの意味です……大学には進学しません」
「高卒で就職する気か?」
「はい……」
俺は担当の先生の火花が散る目が怖いが真剣な眼差しを向ける。
「なんでそう思ったんだ?」
「俺には、守らないといけない人がいるんです……その人と共に暮らすためにはどうしてもお金が足りない……だから俺が働きに出て稼がないといけないんです」
俺が高卒で就職するという旨を伝えた。すると、担当の先生は
「その……守らないといけない人? が働くという選択はないのか?」
と。問いかける。雫の心身症は深刻だ。働けるわけがない。
「その守らないといけない人は、ある事情で働くことができないんです……『働きたくない』という怠惰ではなく『働けない』という深刻な問題なんです……だから、俺が働くという選択にしました」
俺は雫の名前や心身症という言葉を使わずに担当の先生に伝えた。そのまま伝えても信じてくれないから。
「……分かった、高校生での就活はかなりハードルが高いぞ……一応、通信制大学も視野に入れておきなさい……」
「分かりました……」
俺は荷物を持って帰宅した。
 ひだまり荘、郵便受け。俺は郵便受けの中を見るともぬけの空だった。雫が合鍵を取って部屋に帰ってきたんだ。
 桜井家、玄関。俺は心を落ち着かせる。声が裏返るの、恥ずかしいから。
「ただいま……」
俺がいつも通り挨拶をした。
「お、おかえり……」
雫の返事が聞こえた。心臓が跳ね上がって頭から突き抜けそうだ。俺は足音をうるさく鳴らしながら、ダイニングに行くと鳩が豆鉄砲を食ったような顔に変わった。なぜなら、雫がフリルのついたエプロンを、素肌の上から身につけた姿だったから。そのフリルのついたエプロンは、いつか雫が服だけでも着られるようになったら、と考えて買っておいたものだ。雫だっておしゃれしたい年齢だから。俺は、雫がその後ろを向いたら素肌の露出が10割に近そうな想像と、そのエプロンを素肌の上から着て料理していること。雫がそこにいるという現実が頭の中でぶつけ合う駒みたいにガン! ガン! と鳴り響き、俺は理解が追いつかず気を失った。
【雫side】
 私は、律さんが目覚めるまで待った。一応、エプロンは脱いでいつものYシャツを着て待っていた。やっぱり素肌の上から着たエプロン姿は、同年代の男の子(律さん)からしたら刺激が強すぎたのだろうか。私は別に驚かすつもりはなかったと言えば嘘になるけど、一度してみたかった。よくアニメやノベルゲームで夫婦の妻がエプロンだけ着けて料理しているシーンがあったりするから。私と律さんも後々、結婚するつもりだから。欲求が爆発して襲われるのは嫌だけど、律さんはそんな人じゃないのは分かっているから。
【両side】
 数時間後。さっき作っていたカレーがとっくに冷めた頃、律さんの意識が戻った。
「……雫、おかえり」
二日酔いしたみたいな口調だった。
「律さん……ただいま……」
私は返事をした。
「カレー、作ったけど……食べる?」
私が律さんに問いかけると
「ああ、食べるよ」
律さんは、コップ2つに麦茶を入れて1つ私に差し出す。私はカレーにラップをして、レンジで温めた。
 十数分後。私と律さんがカレーを食べていると
「雫……進路とか決めている?」
と聞いてきた。
「私は、まだ……あと1年あるけど」
「俺、卒業したら大学進学しないで就職しようと思う……《《雫と一緒にいるため》》に必要だと思うから」
律さんは深呼吸をして
「雫は、大学に行くのか? 保育施設の子どもたちに慕われていたから、保育士向いているんじゃないか? と俺は思っているけど……」
「いや、私は心身症まだ治っていないから……長く現場にいる仕事は無理かも……」
「じゃあ、どうするの?」
「読み聞かせのボランティアしようと思っている」
私は、子どもと関わる仕事がしたいと思っていた。けど、服も下着もまだ完全に着られない私は大学に行くのは困難だと思った。だから、お金という対価はいらない。精神的な豊かさが必要だった。誰かの役に立って自己肯定感を高めたかった。『このままでいいのか』という不安はあるけど。今の私にはこれがベストだ。