〜真昼の月と見慣れない制服〜

 数週間後、ふれあい児童養護施設の門前。1台のタクシーが停まり、中年の夫婦が降りて来た。そして、何も言わずに養護施設の門をくぐった。すると、児玉さんが声をかける。
「あの、土足で上がらないでください」
すると、中年男性は
「おい! 娘をここから出せ!」
と。怒鳴る。
「何してるの! 早く出しなさい!」
中年女性も怒鳴る。児玉さんは、気付いた。この2人は、私の両親だと。
「月島さんご夫婦ですね……アポイントメントのない面会は認められません」
児玉さんが説明すると
「何を勝手なことを言ってやがる! 俺は親だぞ! 親が娘に会って何が悪いんだ!」
「そうよ! うちの子は、あんなひどい病気なんかじゃないわ! あの子が嘘ついているだけなのよ!」
啓介は怒鳴り散らし、葉月は私の心身症を「嘘」と決めつけている。狂ってる。
「嘘をついているわけではありません……雫さんの心身の状態を考慮した結果です……我々は雫さんの保護を最優先にしています」
児玉さんは、冷静だった。
「冗談じゃないわ! うちの子は、私たちがいなくなってから、まともに服を着ていないっていうじゃない! 私たちが行って、まともな服を着させてあげなきゃ!」
葉月が実力行使で入ろうとする。すると、2名の男性職員に取り押さえられる。どうやってこの2人は、私がここにいるなんて分かったんだろうか。
「当施設では、心を癒すために心理士のサポートも受けています……無理に服を着せることは、心の回復を妨げます」
児玉さんの額に動脈が浮き出る。少し怒っている。
「うちは、《《躾》》としてやったことだ! それに、あの男もあの子をたぶらかしているんじゃないか! あの子の友達から聞いているんだからな!」
言ってることが分からない。(しつけ)? 私は犬じゃない。あの男って、律さんのこと?
「その件も含め、あなた方の面会は、雫さんにとって安全ではないと判断しています……2度とここへは来ないでください……さもなくば、警察を呼びます」
児玉さんは、スマホの画面を見せる。キーパッドに『110』と見せつけて。啓介は
「あの男と同じ手法を使いやがって」
と。悔しがりながら門を出ていった。葉月はギャアギャア騒いでいたため、門の外に出したあと、すぐに門を閉めた。
「そんな……」
と呟いていた。
 ふれあい児童養護施設、個室。そういうことがさっきあったと私は児玉さんから聞かされた。私は安堵と同時に
「守ってくれて、ありがとう」
の気持ちで児玉さんに抱きつき、小学校低学年の子どもみたいに大泣きしてしまった。とてもじゃないけど、誰にも見せたくない顔をしてたと思う。児玉さんは優しく、私の背中を叩いてくれる。児玉さんは私の親じゃないけど。優しい親のような温かさがある。
 面談室。今日は律さんと面会している。
「一昨日に、私の親……ここに来てた……」
私がそう言うと、律さんの眉毛がピクリと動き、
「まだ捕まっていないのか……今度こそ捕まればいいのに」
と。拳を握りしめていた。拳に動脈が浮き出ている。
「でも、職員の児玉さんが門前払いしてくれた……律さんと同じく警察を呼ぶって言ったみたい」
「雫が出所するまで、大人しく諦めて欲しいんだけど……」
律さんが上を向く。上を向いても児童養護施設の天井しか見えないけど。
「まだ、律さんの向かいの部屋にいるの?」
「いや、最近音沙汰ないし……表札も取り外されていたから引っ越したんじゃない?」
律さんの部屋の近くにはいないみたいだ。私はホッとした。私は18歳にここを出ても、律さんの部屋に住むつもりだ。私の本当の家族は律さんだけだから。
「そういや、ハイソックスの着心地どうだった? 俺履いてないけど……」
「大丈夫、着心地は普通だったし……着脱に時間かかるけど……」
私は少し不満を漏らすと
「やっぱり、下の履くやつが必要か?」
律がスマホを開いてメモのアプリケーションを開いている。
「大丈夫だよ! 今のハイソックスで充分!」
私は今の服装でも快適に過ごせている。白いYシャツに前開きのフード付きパーカーを着ている。裾が少し短いから。
「裾が長いパーカーとかないの?」
私が聞くと
「それが俺が着た中で1番長いやつなんだけど……もっと長いのが必要か?」
律さんが手で頭を抑える。私はうなずく。また、律さんに負担かけちゃうかな。
「雫の身長が分かれば苦労はしないんだけどなぁ?」
律さんが愚痴をこぼす。しばらく沈黙が続いた。
「158.6……」
私は身長を呟く。
「へ?」
律さんが首をかしげる。
「私……158.6センチだよ……数年前だから変わってるかもだけど」
「分かった……」
律さんは、スマホをいじっていた。メモのアプリケーションに私の身長を入力してるんだ。
「もうそろそろ、面談終わりだな……」
律さんが時計を眺める。あと、1分半で終わりだ。
「じゃあ、次は明々後日(しあさって)になるかも!」
律さんは手を振って面談室を出た。今日から3日後。
「あの、パーカー送った日の手紙の内容どうやって聞けばいいのかな?」
私は呟いた。律さんとは普通に話せるけど、あの『18歳になったら、結婚しよう』の手紙がどうしても気になる。タイムマシンがあったらどうなっているのか、見てみたい。
 夜、就寝時間。私は布団に潜る。スピーカーからは眠れる音楽が流れている。私はその手紙を見つめる。
『18歳になったら、結婚しよう』
とだけ書かれた手紙。電話もしてくれるけど、どうしてもこの話題が聞き出せない。プロポーズなのか、それとも告白なのか。どちらもありえる。どうなんだ。考えれば考えるほど顔が赤面して、頭から煙が出る。私は手紙を閉じて、目を閉じる。考えていても仕方がないから。眠って頭の中をリセットするんだ。