〜真昼の月と見慣れない制服〜

 ふれあい児童養護施設、面談室。カウンセリングを受けて数週間、今私は、律さんと面談室で会話をしている。
「雫……これ……」
律さんは紙袋を渡す。中には、前開きのフード付きパーカーと『1m』と記載された白靴下が何足か入っていた。
「あ、ありがとう……この長い靴下はなんなの?」
私が問うと
「雫は、下着が着られないだろ? だから、タイツじゃなくてハイソックスにしたんだ……下着無しのタイツだと着心地悪いと思うし……」
律さんは、私から視線を背ける。『ハイソックスにしたんだ……』までは聞こえたけど、その後は聞き取れなかった。
「そのパーカーは、俺が1回袖通したけど、ハイソックスはまだ履いていないけど……大丈夫か?」
律さんが聞く。
「靴下は……靴下を私が服装の一部と思わなければ大丈夫だと思うけど……」
私は少し不安だった。カウンセリングを受けて衣服の嫌悪感が薄れたとしても、やっぱり少しずつ慣れないと意味がないと思う。
「やっぱり、俺が1回履くよ!」
律さんが靴を脱ぎ始める。
「大丈夫! 私、頑張って履いてみるから!」
私は自分自身で服が着られるようになりたかった。律さんのサポートを受けずに。だから、律さんにハイソックスを1度履かすことを拒否した。
「大丈夫なのか? めっちゃ不安なんだけど……」
「大丈夫……私、自立したいから……あと、律さんにこれ以上負担をかけたくないの……」
私は、Yシャツの袖をギュッと掴む。
「分かった……健闘を祈る」
律さんとの面会時間が終了した。
 個室。私は紙袋から前開きパーカーを取り出す。Yシャツとは違い、フワフワした素材で出来ていた。毛布に似ていて、これ着たら、一瞬で寝そう。ハイソックスは一般的な靴下の素材で出来ていた。1メートルも長さがあるから、股下まで覆うことができるかもしれない。着脱に時間かかりそうだけど。ハイソックスは意外の色もあった気がするけど、律さんが買ったものは白色しか無かった。でも、これで冬は越せる気がする。私はYシャツのボタンを一つずつ開けて、脱ぎハンガーにかける。そして、前開きパーカーを袋から出して広げる。袖を通す。袖を通した瞬間、毛布のようなフワフワした触感が肌にまとわりつく。毛布にくるまって睡魔が眠りへ誘うそんな感情になる。私は目をこすりながら、もう片方も袖を通して、前開きなのでチャックを閉める。
「鏡で確認してみよう……」
私は個室を出て、個室シャワーの洗面器に向かう。
 個室シャワー。私は鏡に映る自分の姿を見る。Yシャツと変わらずブカブカだけど、不恰好には見えない。でも、Yシャツよりも裾が短い。これはかなり注意しないといけないかも。直に着るものじゃなくて、羽織るタイプの前開きパーカーかもしれない。私は個室シャワーを出て、Yシャツに着替える。この時間が、小学生たちが帰る時刻じゃなくて良かったと思う。それと、心身症の腹痛や湿疹も出てこなかった。Yシャツを着たときは数分はかかったけど、このパーカーは数秒で症状が出ないことが分かった。次は、ハイソックスを履いてみようと思う。律さんが初めて身につけていない衣服を身に纏うときが来た。私は一足の中の片方を手に取り足に近づける。心臓が重く『ドクン……ドクン……』と音を立てている。額からプツプツと汗が流れ出る。大丈夫だ……セラピーを受けて服への嫌悪感は和らいだのだ。靴下を履くくらい容易いことだ。私は、靴下に足の指を入れた。そして、強く引く。持ち手を中間に変えて引く。先まで手を持って引く。なんとか片方は履けた。この靴下を履くのは、個室が一番適切だと思った。靴下を履くとき体育座りになるし、絶対にYシャツの中が見えちゃうから。私の小さな一歩は服だけじゃなかった。
 数日後、午前11時50分頃。珍しく4時限目のオンライン授業が早く終わったため、タブレットを片付けて、児童養護施設内を歩いてみることにした。そして併設された保育施設の通りを歩いていると
「どうしよう……」
保育施設の担当者が絵本を抱えて、呟いた。私が
「どうかしましたか?」
と聞くと
「急用が入って……子ども達に絵本の読み聞かせが出来ないの! どうしたらいいの?」
保育施設の担当者が私を見るとハッと目の色を変えて
「あなた……ワークスペースで読み聞かせしてたよね? お願いできる?」
保育施設の担当者は私に絵本を差し出してどこかへ行ってしまった。私は本の表紙を見ると『あかずきん』と書かれていた。私は子どもたちの騒ぎ声が聞こえる保育施設内に入った。施設内に足を踏み入れると騒いでいた子どもたちの目が全部私に向いた。すると、1人の女の子が
「あ! Yシャツのお姉ちゃんだ!」
と叫んだ。私の顔を覚えていてくれた。すると、その女の子は私に駆け寄って来て
「今日はパーカー着てるから、《《パーカーのお姉ちゃん》》だ!」
と言う。すると、子どもたちは私の事を『パーカーのお姉ちゃん』と呼んで来た。
「ねぇ、パーカーのお姉ちゃん……その絵本読んで!」
別の女の子が私が抱えている赤ずきんの絵本を指差す。
「じゃあ、読んであげるから……みんな静かに聞いてくれるかな?」
私は子どもたちに優しく語りかけると
「「「「「はーい!」」」」」
と。賛成してくれた。
 数分後。
『「なんでお婆さんはそんなに目が大きいの?」「お前の姿をよく見るためだよ」「お婆さんの耳はなんでそんなに大きいの?」「お前さんの声をよく聞くためだよ」「なんでお婆さんの口はそんなに大きいの?」「それはね……お前を食べるためだ!」お婆さんに扮したオオカミは赤ずきんを丸飲みしました……』
子どもたちの固唾を飲む音が聞こえた。お婆さんと赤ずきんはことあとどうなるんだろうという緊迫感が伝わっているんだ。
 数分後。
『猟師さんは、オオカミの腹を割ってお婆さんと赤ずきんを助けました……そして、オオカミの腹を糸で縫ってオオカミを起こします「オオカミよ! 出ていけ!」銃口を向けられたオオカミは逃げて行きました……赤ずきんは無事にお婆さんにぶどう酒を届けることが出来ました……おしまい』
私は子どもたちに、絵本の読み聞かせを終わらせた。時計は12時を指していた。すると保育施設の担当者が戻って来て
「絵本の読み聞かせありがとうね! みんな……昼寝の時間ね!」
私は赤ずきんの絵本をワークスペースの本棚に戻して、昼食を取った。子どもたちに、絵本の読み聞かせをしたことで私は『将来の夢』への小さな一歩を踏み出せた。私は将来『子どもと関わる仕事がしたい』と目標ができた。