〜真昼の月と見慣れない制服〜

 ふれあい児童養護施設、シャワー個室。私は今日、今までの勇気を使う日が来た。私はまずシャワー個室に行くためにタオルと着替えを持つ。本来なら、白い長袖のYシャツを持って行くけど、今日は律さんが持ってきてくれた青いチェック柄の長袖Yシャツを持っていく。あと、念のために律さんの写真も。私はシャワーを浴びて、脱衣所で体を拭く。そして、ドライヤーで髪を乾かす。そして、ここからが私の勇気の見せ所。色付きのYシャツを着なくちゃいけない。でも、そのYシャツを手に取ると心がキュゥと小さくなる。着て、また湿疹が出たらどうしよう。出てしまったら、これが律さんのせいだってなって、律さんが出禁になってしまう。だって、これは、律さんが買ってくれた服だから。面談室では職員の監視の下で行われているから。私がビクビク震えていると、
「大丈夫だ……」
律さんの声が聞こえた。私は写真を見た。律さんの写真の口は動いていない。
「俺は、この服をあげた日……なんて言ったか覚えているか?」
声だけの律さんが問いかける。私は頭の中で記憶を探る。すると、初めての面談の場面が蘇った。
「『大丈夫、俺が一回袖通したから』……だっけ?」
私が答えると
「そうだ……俺は気づいている」
声だけの律さんは続けた。
「俺が1回着た服は、雫の症状を抑えてくれる……俺の着た服は、雫にとっての薬なんだ」
と。そう言えば、私が最初に着て症状が出なかったのは律さんが着ていたYシャツだった。そして、今着ているのも律さんの通っている学校とデザインは少し違うが同じ白地の、長袖Yシャツ。これも律さんが1回着たから、症状が出ないんだ。私は、声だけの律さんと今までの面談、手紙、電話の録音で得た勇気を振り絞り青色のYシャツを着ることにした。青色のYシャツの黄色いボタンを外して、袖を通す。そして、第1ボタンから順序よく付け直す。私は鏡を見る。サイズは、男性のサイズだからダボダボだけど、これが私が普段着ている白い長袖のYシャツと同じだ。私は数分間、鏡に映る私とにらめっこする。この数分の間に、湿疹が出ないか観察する。
 数分後。私は手元を見る。赤いポツポツが出てこない。第3ボタンまで外して、デコルテを見る。赤いポツポツはない。これは律さんが1度着た服で間違いない。そして、私は新しい服が着れた。心がウサギみたいに飛び跳ねて、膝から崩れ落ちた。今までの緊迫感が解かれた。
 翌日、昼頃。私がワークスペースを通り過ぎようとすると。
「お姉ちゃん、誰?」
と、あの時、『みにくいアヒルのこ』の絵本を持って来た女の子が私に話しかける。
「誰って……Yシャツのお姉ちゃんだよ?」
私はその女の子に普段呼ばれている『Yシャツのお姉ちゃん』と明かすも
「違うよ! Yシャツのお姉ちゃんは白の服だもん!」
と叫ぶ。すると、ワークスペースで積み木で遊んでいた男の子たちも
「お姉ちゃんは偽者!」
「偽お姉ちゃん!」
と口々に言ってくる。
《職員に見つかったら……まずい……》
私はワークスペースに入って、本棚から『みにくいアヒルのこ』の絵本を広げて読み始めた。
『あるところに、陸地で暮らす鳥の夫婦がいました……お父さん鳥は、いつ我が子が卵から生まれてくるのか待ち遠しくしていました……』
私が冒頭部分を読み始めると、私のことを偽者と言った男の子と騒ぎを立てた女の子が静まり、私の前に座った。
 十数分後。
『……母鳥はアヒルの子に「あなたは将来美しい白鳥になるのよ」と伝えました。おしまい』
私が本を閉じると
「ホントに、あの時のYシャツのお姉ちゃんだ!」
「声一緒だもん!」
と。思い出してくれた。私はYシャツの袖で口を押さえてウフフッと笑う。すると、中にあの時Yシャツの裾を引っ張って私が誤って頬を叩いてしまった年長さんの男の子もいた。その男の子は、叩かれた頬を白い大きな絆創膏で隠していた。私は正座したまま、その男の子と目線を合わせます。そしてゆっくりと口を開く。
「これ、りつさんってひとがくれたの……あのとき着てたら、だいじょうぶだったかな?」
と。語りかけた。その男の子は首を傾げてオロオロしている。困惑しているのだろうか。でも、私の真剣な目を見て理解してくれた。私の言葉も理解してくれた。私は今まで喧嘩したことはなかった。今は会いたくない両親も、私の病気のことを理解してくれたし、仲良し夫婦だった。もう顔も見たくない人たちになったけど。律さんとも喧嘩したことはなかった。律さんの献身的なサポートで、不自由なく生活できていた。だから、喧嘩したあとの『ごめんなさい』が口から出なかった。ごめんなさいが言えない病気じゃない。私にも非があったのは確か。でも、男の子が1言も言わずにYシャツの裾を引っ張ったことから起こってしまったから。私だけが被害者ヅラをしようとは思っていない。私は許しの印として手を差し出す。その男の子は、なんの遠慮もなく、私の差し出した手に触れる。私は優しく男の子の手を握る。私は『みにくいアヒルのこ』の絵本を戻して、ワークスペースを出て行った。
 夕方。小学生の児童たちは、私のYシャツの色が変わっても『Yシャツのお姉ちゃん』と覚えてくれていた。女の子は
「そのYシャツ、かわいい!」
とか
「お姉ちゃんに似合う服!」
と。褒めてくれた。あまり派手ではない動きやすい服だった。けど、もう夏も終わり、秋も過ぎ去ろうとしていた。もうそろそろ冬服が必要な時期になる。今のYシャツでもいいけどこれから寒くなる季節をこのままで乗り切るのは無理な気がする。律さんと面談の日に聞いてみよう。私は児童たちに宿題を教えながら、これからについて考えていた。
 面談の日。
「律さん……これから寒くなるから、冬服が欲しい」
「どんな服がいいの?」
律さんは、スマホを開いている。メモ帳を開いているのだろうか。
「えーっと、Yシャツ以外の長袖服が欲しい……」
「下は?」
「下はいらないよ……」
律さんの眉間にしわがよる。
「下も着ないと冬を越せないよ?」
「でも、半年近く下の服履いたことないし……」
「一応、パーカーとか買っておく……必要になったら俺のジャージあげるから」
「ありがとう…….」
律さんは私の冬服のお願いを聞き入れてくれた。律さんも冬を乗り切ってほしい。