〜真昼の月と見慣れない制服〜

 私が児童養護施設に入所して数週間経った。かなりここでの生活も慣れてきた。私がどんな1日を過ごしているのか、私視点で語っていく。
 朝6時。各部屋に設置してあるスピーカーから目覚まし用の音楽が鳴る。私は起きて、布団を畳んでYシャツを着て洗面所で顔を洗う。
 朝7時。朝食。担当の女性職員が私の部屋に食事を運んでくる。この日の朝食メニューは……ごはんとスクランブルエッグ、味噌汁だった。
 朝9時。平日はこの時間から昼の12時までオンライン授業を学習スペースという部屋で受けている。ほとんどの子どもたちは学校に通っている。ふれあい児童相談所は保育施設も併設されているから5、6才の無邪気なはしゃぎ声が聞こえている。
 昼12時。昼食が運ばれてくる。保育施設の児童たちはその施設内で。私は大広間で昼食を食べた。その日の昼食は、カレーライスと野菜サラダだった。
 昼1時。私はこの時間から休憩時間に入る。午前中しか授業がないから、時々児童が私を見かけに来たりし私をこう呼ぶ。
「Yシャツのお姉ちゃん」
と。私は認知されているのに少し嬉しかった。
 夕方4時。学校から下校してきた児童たちが帰ってくる。この時間から午後6時まで宿題をする。私の学校は基本的に課題とかは少ないため、帰ってきた児童たちの宿題を教えたりしてる。私はこうして、児童相談所内の子どもたちとの距離を縮めていった。
 夜7時。夕食が運ばれる。私は少し離れた場所で食べるけど、自然と隣で食べてくれる子どもたちも増えてきた。
「宿題の教え方上手かった!」
とか
「学校の先生より分かりやすい!」
と。賞賛の声だった。私の服装なんて気にしていないみたいだった。律に勉強を教えていたところがここで活用できた気がした。
 夜9時。私は別のYシャツとタオルを持って個室シャワー室に向かう。他にも大浴場があるけど、まだ集団生活には慣れなかった。シャワー室にはシャンプーとボディソープが備え付けられている。シャワー室の前にはちゃんと服を脱ぐための脱衣所も設けられている。
 夜10時。眠る用の音楽がスピーカーから小さめの音量で流れている。子どもたちは毎晩これで眠りに着いている。私はすぐに眠れるタイプだけど、この音楽だけでも眠れない児童はいたみたい。
これが私視点で過ごす児童養護施設の1日だ。最初の3日間は怖かった。けど、みんな仲良くて人懐っこくて良い人ばっかりだった。
 数日後、午後の休憩時間。私は施設内を歩いていた。ちょうど保育施設の隣のプレイルームを通り過ぎようとすると
「Yシャツのお姉ちゃん!」
6歳ぐらいの女の子が私に声をかけてきた。
「どうしたの?」
私はしゃがんでその女の子と目線を合わせる。
「これ読んで!」
女の子が読んでほしい絵本を持ってきた。表紙を見ると、アヒルのキャラクターが描かれていた。タイトルは
『みにくいアヒルのこ』
だった。すると、他にも数人の男の子がやってきた。
「Yシャツのお姉ちゃんだ!」
「絵本持ってる!」
「読んで! 読んで!」
3人の男の子と1人の女の子にせがまれた。読むしかない。
「じゃあ、プレイルームで読もうか」
私はプレイルームに正座して、みにくいアヒルの子の絵本を開く。
 読み聞かせ中。
『「クヮ!」「クヮ!」「クヮ!」「クヮ!」「ガァ!」1羽だけ遅く生まれたアヒルの子が違う鳴き声で鳴きます。母鳥と父鳥は喧嘩しました。母鳥はアヒル子を無視し、クヮ!と鳴く子だけ連れて池に泳ぎに行きました。アヒルの子も向かいますが、うまく泳げず溺れてしまいます……アヒルの子は兄弟と思っていた鳥達に笑われてしまいます……』
私はあの時の記憶が蘇ってきた。あの暑い夏の昼下がり、肌をあらわにした姿で追い出された日。アヒルの子が自分に思えた。目に涙が溜まって、ページをめくる手が震える。喉の奥に苦い塊が詰まった感覚になって言葉が上手く出てこない。全てひらがなの絵本なのに。
 数分後。
『「ピヨ!」「ピヨ!」「ピヨ!」「ピヨ!」「ガァ!」ニワトリの巣に潜り込んだアヒルの子は鳴き声の違いでニワトリの母鳥に敵だと思われ、頭を突かれて追い出されてしまいます……割れた瓶から見た自分の姿。みにくい。ただその一言が頭に浮かんで、アヒルの子は涙を流した……』
また、頭の中で走馬灯が出てくる。私はだんだんと声が小さくなった。まるで、沈んでいく太陽だ。割れたガラスは私自身を映しているように見えてしまう。心臓がロープで縛られたみたいに胸が締め付けられる。
 数分後。
『湖のほとりで自分の姿を見て、みにくく泣くアヒルの子。すると、彼と同じ姿をしたアヒルが「ガァ!」と泣きます。アヒルの子はびっくりしてアヒルを見ると、同じ姿をしていました。すると、1羽のアヒルが母鳥を呼んできました。母鳥は美しい白鳥でした。母鳥は「あなたは将来美しい白鳥になるのよ」とアヒルの子に伝えました。おしまい』
児童たちは無邪気な笑顔で拍手してくれた。このラストシーンは、律さんとの出会いと似ていた。肌をあらわにした状態で追い出された私に今着ているYシャツを咄嗟の行動で渡してくれた優しさがそこにあった。捕まってもおかしくない状況なのに。
「Yシャツのお姉ちゃん! ありがとう!」
「読み聞かせ! 上手かった!」
「今度、赤すぎん読んで!」
保育施設の児童たちは喜んでくれた。
 翌日、学習スペース。私がオンライン授業に集中していた。すると、突然小さな手が私のYシャツの裾をグッと強く引っ張る。かなり強く、Yシャツのボタンがほつれそうだった。私は思わず
ーーバシン!
と。鈍い音が響いた。すると
「うわあぁぁぁぁん!」
男の子の泣き叫ぶ声が響き渡る。私の学習ルームに年長さんの児童が入ってきて、私と遊びたがっていたみたいだった。私は泣き止まそうとするが、なかなか泣き止んでくれない。担当の女性職員が別室に連れて行って何とか事態は収束したけど。私はすごい罪悪感を抱いてしまった。あの、何も言わずにYシャツの裾をグッと強く引っ張った男の子も悪いけど、手出した私も悪かった。8割私が悪い。担当職員が同僚の職員に叱責されていた。私はその場から動いて一緒に土下座しようとする気になれなかった。これから、もっとこの施設の子どもたちと仲良くしていこうと思ったのに。次、保育施設の児童たちに合わせる顔がない。どうしよう。