〜真昼の月と見慣れない制服〜

 深夜、桜井家。俺は寝つけなかった。それも無理はない。俺はさっき雫のファーストキスを()ったからだ。あの、唇を重ねた瞬間と淡水の味。あれが、まだ口に残っていて消えない。そしてキスをしてしまったという真実が頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。なんだか、罪悪感に囚われてしまう。目がバッキバキでまぶたが重くならない。
「顔洗うか……」
俺はユニットバスの水道で顔を洗うことにした。寝たいが眠れない。眠気があるのに脳が脊髄に『起こせ!』と命令をしていて、眠くても眠れない状況にある。
「せっかく寝られないなら……」
俺は数日前に買った物の中から、女性物のナプキンを取り出した。そして、それを雫が児相に持っていくキャリーケースに入れた。雫は小学3年生あたりから、心身症を発症した。でも、俺はあくまでも推測しかできないが女の子の日には苦労をしたと思う。男である俺がそんなことを考えても無駄なのは分かっている。男には決して理解できないから。そんなの分かっている。それでも、俺は雫の苦しむ姿を見たくなかった。だから、俺は男だが女性物のナプキンを買っていた。本当は俺が買うのは不自然なんだけど。
「あとは……」
俺は100円均一店で、額縁も買っていた。あまり大きくない写真立て付きのもの。そこに俺が自分で撮った写真を入れる。いわゆる自撮り写真だ。これなら、雫は俺と離れていても寂しくならないと思う。俺はソファに腰を下ろして少し水を飲んで、再びベッドに潜り込む。ベッドには肌をあらわにした姿の雫が可愛い寝息を立てて寝ていた。俺は雫に顔を向ける。雫は気づいていない。
「さっきはギュッし損ねたから……」
俺は雫の後ろに手を回し、抱き寄せる。そして俺の肩に雫の顎を乗せる。雫と離れたくなかった。でも、ここは安全じゃない。俺と雫は経験したんだ。ここは、雫にとっては完全に安全な場所ではないこと。雫の両親がまた取り返しに来るかもしれない。翔太のように突然の来客や宅配業者が来るかもしれない。服が着られない雫には、それが全て恐怖になる。今は俺のYシャツの1枚でなんとか不自由なく生活しているけど、外に出る服装としては不自然だ。そして、日本の法律だと俺は雫の監護者になることはできない。このまま匿い続けるのも時間の問題だ。児童養護施設に預けた方が1番適切だ。それ以外の方法が模索できない。俺は明日……いや、今日の夜雫が児童養護施設に行くこと、そして今日の寝る時にやった行いが頭の中を駆け巡り、一睡もできなかった。
 翌日、ひだまり荘。夜10時。外に目をやると、白いマイクロバスが停まった。マイクロバスには『ふれあい児童養護施設』と書かれていた。
《ついに来た……》
俺は雫を呼ぶ。
「……雫、児童養護施設の送迎車が来たよ……」
雫はベッドから降りて、手ぐしで髪をといた。マイクロバスからは、白い半袖Tシャツにチノパン、エプロンという服装だった。数分後、
ーーピンポーン!
と。インターホンが鳴った。扉を開けると4人の女性職員がいた。
「これで……本当にお別れだね……」
「少しの間、離れ離れになるだけだよ」
俺は雫に言う。ホントは涙腺から涙が出てきて泣いているのに。
「律さん……最後にハグだけさせて……」
雫が提案する。俺は雫を抱き寄せ、最初で最後のハグをした。雫が玄関でキャリーケースを持って女性職員に近づくと
「行きましょうか」
と。優しい声をかける。雫はくつ箱から適当に選んでそれを履き、女性職員に囲まれて俺の部屋を後にした。俺は月明かりの照らす窓から、雫が女性職員数人と児童養護施設のマイクロバスに乗って走り去るのを見届けた。また、一人になるのは、寂しいけど、雫に安心安全に暮らしてほしい。俺は月明かりの照らす窓から車が一台も通らない道路を眺めていた。