翌朝。俺はこの日はあまり寝付けなかった。いや、廊下で寝ていた。『もしかしたら』の時を考えて、ソファの枕を一個持ってきて、玄関前で雫の両親を警戒していた。いくら睡魔が襲ってきても、カフェインを含む炭酸飲料を飲んだり、顔を洗って睡魔を払っていた。だから、目にはクマが出来ている。そして、気付いたら朝になっていた。もう6時を過ぎているが、雫は部屋から出てこない。また、両親がこの部屋に押しかけてくるのが怖いのだろうか。俺は台所に行って朝食を作る。卵焼きとウインナーを炒めただけのシンプルな朝食。俺は卵焼きを2つ作り、ウインナーを4本フライパンで炒めた。そして、ガラス製のコップを2つ用意してカフェオレを牛乳で割った。そして、そのうちの一皿とコップをお膳に乗せて雫の自室の扉に置いた。
「雫……腹減ってるだろ? 部屋の前に朝食置いといたから……」
雫からの応答は無かった。俺は廊下に胡座をかいて、朝食を食べた。俺が台所に戻ると、お膳の朝食はまだ食べられていなかった。俺は、雫の心情が気になっている。俺は廊下に戻って月島夫妻が来るのを待った。
昼下がり。昼食もお膳に乗せて、俺の自室の前に置いといた。すると、
ーードンドンドン!
ーーピンポーン! ピンポーン!
ドアを叩く音とインターホンの連打。
「非常識な親じゃねぇか……」
俺はスマホを持って玄関を開ける。
「あなた、本当に何考えているの? 勝手に娘を連れ去って、警察沙汰になるってわかってるんでしょう?」
月島夫妻の葉月が怒鳴る。
「警察を呼ぶなら、どうぞ……むしろ呼んでください……娘さんを裸で追い出したのは、あなた方ですよ」
俺は冷静な口調で言い返す。
「黙れ! お前みたいなガキに何がわかる! 雫はな、甘やかしたらつけあがるんだ……あの病気も、俺たちが甘やかしすぎたせいだ!」
月島夫妻の啓介が怒鳴り散らす。自分たちにも非があるのは自覚しているんだ。
「甘やかす? 違います……あなたたちは、雫さんの気持ちを一度も理解しようとしなかった……病気だって言ったら、頭がおかしいとしか思わなかった……自分の都合のいいように解釈して、向き合うことから逃げただけでしょう……」
俺は続けた。
「実の娘を裸で追い出すとか、《《頭のネジ抜けてんじゃないのか》》?」
俺の言葉を聞いた月島夫妻の啓介は、頬に血管が浮き出るほど激怒して、俺の胸ぐらを掴む。
「てめぇ、いい加減にしろ! どこの馬の骨ともわからんガキが、俺たちに説教するのか!」
唾を飛ばしながら俺に怒鳴り散らす。言い過ぎたか。
「啓介さん、落ち着いて! こいつの言うことなんて、聞く必要ないわ! 雫を出しなさい!」
月島夫妻の葉月が夫の啓介を落ち着かせる。ここはやはり夫婦だ。
「……警察を呼ぶなら、呼べばいいでしょう? その時、どちらがより悪質か、しっかり判断してもらえばいい……」
俺は冷静な口調で月島夫妻に言った。
「なんだと?!」
俺はスマホの画面を見せつける。昨日、スクショした110と打ったキーパッドの画像。
「さっき、あなたがドアを叩きまくってるときに、すでに110番のキーパッドは打ってあります」
月島夫妻の啓介がひるんで、俺の胸ぐらを掴んだ手が緩んで解放された。
「これ以上、この部屋にいるなら、今すぐ通報しますよ……その時は、家出少女を保護しているだけの未成年の俺と、実の娘を裸で家から追い出し、家に押し掛けてきたあなたたち、どっちが不利になるか、よく考えたほうがいい」
俺はスマホの写真アプリケーションを閉じる動作を、キーパッドの電話をかけるボタンをタップしたように見せかけて、スマホで警察と話している素振りをした。月島夫妻はホントに捕まると思ったのか、向かいの部屋に逃げた。俺は扉を閉めて、チェーン施錠と鍵をかけた。そして、自室の雫に言った。
「雫……両親はもうここには来ないから、出てきて……」
そう言うと、雫は自室のドアを開けて、俺に抱きついた。
「律さん……ありがとう……」
雫は涙を流していた。雫の頬から伝った涙の粒が俺のシャツに染み込むのが分かる。雫は、ダイニングで氷入りの麦茶を飲んで落ち着いた。俺はスマホを手に取って、調べ物をした。ネットの検索エンジンで
『未成年 保護者 親以外』と調べた。ここは安全ではないが、もう警察に通報すると脅したから来ないと思う。もし、来たらまた警察に通報すると脅せばいい。俺は雫を守らなきゃいけないから。調べた結果『監護者』と言うワードがヒットした。そして俺は
『監護者 未成年がなる方法』と調べた。すると信ぴょう性の高い法律事務所のサイトが上部に表示された。そこには
Q.未成年が監護者になることは可能ですか?(親がいない場合)
A.親がいない未成年が監護者になる可能性は低いと思われます。
と。つまり、俺が監護者にはなれない。俺は、もう警察の言っていた『児童相談所』を調べることにした。
「……ちょっと俺席外すけど、いいか?」
「え、あ……どうぞ」
俺はダイニングから自室に移動した。そして、何件もの児童相談所のサイトを漁った。雫の心身症も考えると部屋は個室でシャワー付きがいい。そして18歳で退所できる場所がいい。俺は雫が俺の部屋に来て眠った後も調べた。そして3件の児童相談所を選定した。
翌日昼。俺は目の下にクマが出来ながらも、雫と話し合うことにした。
「……雫」
俺は、重い口を開いた。俺の視線は、雫の瞳の奥に向けられていた。
「雫の親のことなんだが……もしかしたら、またここへ来るかもしれない」
雫の肩が、びくりと震える。雫はYシャツの袖口をぎゅっと握りしめた。
「……嫌……」
「うん……俺も嫌だ……」
俺は、静かにうなずいた。その言葉に、雫はほんの少しだけ顔を上げた。
「……でもな、俺は、雫の監護者にはなれない……俺はまだ高校生だし、法律上、ここで雫を匿い続けることはできないんだ」
その言葉に、雫の瞳から光が失われるように、再び俯いた。Yシャツの襟元から覗く首筋が、微かに震えている。
「だから……児童相談所に雫が入所することになると思う」
雫の息を飲む音が、静かな部屋に響く。児相という言葉が、雫にとって未知の、しかしまたしても『隔離』される場所を連想させたのかもしれない。
「……また、知らないとこ……?」
か細い声に、俺はすぐに首を横に振った。
「知らない場所で、不安なのはわかる……だけど、児相は……雫を守ってくれる場所だ! 雫の親は、もう手を出せない……安心して生活できる場所なんだ!」
俺は雫の手をYシャツ越しに重ねる。
「……俺は、雫がそこにいても、ずっと会いにいく! 手紙も書くし、面談の許可が下りれば、必ず会いに行く! 週に数回は、顔を見に行くよ!」
俺は、重ねた手に少しだけ力を込めた。雫は、震えながらゆっくりと顔を上げる。その瞳にはまだ涙が滲んでいたが、俺のことを真っ直ぐに見つめていた。
「……だから、大丈夫だ! 俺は、ずっと雫のそばにいる! たとえ離れても、一人にしない! 約束する!」
俺と雫は指切りで約束を交わした。そして俺は3枚の紙を出す。
「どの児童相談所がいい? 雫のことを考えて数件選定した……」
俺が選定した児童相談所は次の数件。
一軒目:温心児童相談所
個別部屋なし、シャワー個室あり、退所年齢18歳。
二軒目:ふれあい児童相談所
個別部屋あり、シャワー個室あり、出所年齢18歳。
三軒目:まごころ児童相談所
個別部屋あり、シャワー個室なし、退所年齢20歳。
と。雫は二軒目のふれあい児童相談所を指差す。
「分かった……」
これが、俺と雫の最後の会話になった。
「雫……腹減ってるだろ? 部屋の前に朝食置いといたから……」
雫からの応答は無かった。俺は廊下に胡座をかいて、朝食を食べた。俺が台所に戻ると、お膳の朝食はまだ食べられていなかった。俺は、雫の心情が気になっている。俺は廊下に戻って月島夫妻が来るのを待った。
昼下がり。昼食もお膳に乗せて、俺の自室の前に置いといた。すると、
ーードンドンドン!
ーーピンポーン! ピンポーン!
ドアを叩く音とインターホンの連打。
「非常識な親じゃねぇか……」
俺はスマホを持って玄関を開ける。
「あなた、本当に何考えているの? 勝手に娘を連れ去って、警察沙汰になるってわかってるんでしょう?」
月島夫妻の葉月が怒鳴る。
「警察を呼ぶなら、どうぞ……むしろ呼んでください……娘さんを裸で追い出したのは、あなた方ですよ」
俺は冷静な口調で言い返す。
「黙れ! お前みたいなガキに何がわかる! 雫はな、甘やかしたらつけあがるんだ……あの病気も、俺たちが甘やかしすぎたせいだ!」
月島夫妻の啓介が怒鳴り散らす。自分たちにも非があるのは自覚しているんだ。
「甘やかす? 違います……あなたたちは、雫さんの気持ちを一度も理解しようとしなかった……病気だって言ったら、頭がおかしいとしか思わなかった……自分の都合のいいように解釈して、向き合うことから逃げただけでしょう……」
俺は続けた。
「実の娘を裸で追い出すとか、《《頭のネジ抜けてんじゃないのか》》?」
俺の言葉を聞いた月島夫妻の啓介は、頬に血管が浮き出るほど激怒して、俺の胸ぐらを掴む。
「てめぇ、いい加減にしろ! どこの馬の骨ともわからんガキが、俺たちに説教するのか!」
唾を飛ばしながら俺に怒鳴り散らす。言い過ぎたか。
「啓介さん、落ち着いて! こいつの言うことなんて、聞く必要ないわ! 雫を出しなさい!」
月島夫妻の葉月が夫の啓介を落ち着かせる。ここはやはり夫婦だ。
「……警察を呼ぶなら、呼べばいいでしょう? その時、どちらがより悪質か、しっかり判断してもらえばいい……」
俺は冷静な口調で月島夫妻に言った。
「なんだと?!」
俺はスマホの画面を見せつける。昨日、スクショした110と打ったキーパッドの画像。
「さっき、あなたがドアを叩きまくってるときに、すでに110番のキーパッドは打ってあります」
月島夫妻の啓介がひるんで、俺の胸ぐらを掴んだ手が緩んで解放された。
「これ以上、この部屋にいるなら、今すぐ通報しますよ……その時は、家出少女を保護しているだけの未成年の俺と、実の娘を裸で家から追い出し、家に押し掛けてきたあなたたち、どっちが不利になるか、よく考えたほうがいい」
俺はスマホの写真アプリケーションを閉じる動作を、キーパッドの電話をかけるボタンをタップしたように見せかけて、スマホで警察と話している素振りをした。月島夫妻はホントに捕まると思ったのか、向かいの部屋に逃げた。俺は扉を閉めて、チェーン施錠と鍵をかけた。そして、自室の雫に言った。
「雫……両親はもうここには来ないから、出てきて……」
そう言うと、雫は自室のドアを開けて、俺に抱きついた。
「律さん……ありがとう……」
雫は涙を流していた。雫の頬から伝った涙の粒が俺のシャツに染み込むのが分かる。雫は、ダイニングで氷入りの麦茶を飲んで落ち着いた。俺はスマホを手に取って、調べ物をした。ネットの検索エンジンで
『未成年 保護者 親以外』と調べた。ここは安全ではないが、もう警察に通報すると脅したから来ないと思う。もし、来たらまた警察に通報すると脅せばいい。俺は雫を守らなきゃいけないから。調べた結果『監護者』と言うワードがヒットした。そして俺は
『監護者 未成年がなる方法』と調べた。すると信ぴょう性の高い法律事務所のサイトが上部に表示された。そこには
Q.未成年が監護者になることは可能ですか?(親がいない場合)
A.親がいない未成年が監護者になる可能性は低いと思われます。
と。つまり、俺が監護者にはなれない。俺は、もう警察の言っていた『児童相談所』を調べることにした。
「……ちょっと俺席外すけど、いいか?」
「え、あ……どうぞ」
俺はダイニングから自室に移動した。そして、何件もの児童相談所のサイトを漁った。雫の心身症も考えると部屋は個室でシャワー付きがいい。そして18歳で退所できる場所がいい。俺は雫が俺の部屋に来て眠った後も調べた。そして3件の児童相談所を選定した。
翌日昼。俺は目の下にクマが出来ながらも、雫と話し合うことにした。
「……雫」
俺は、重い口を開いた。俺の視線は、雫の瞳の奥に向けられていた。
「雫の親のことなんだが……もしかしたら、またここへ来るかもしれない」
雫の肩が、びくりと震える。雫はYシャツの袖口をぎゅっと握りしめた。
「……嫌……」
「うん……俺も嫌だ……」
俺は、静かにうなずいた。その言葉に、雫はほんの少しだけ顔を上げた。
「……でもな、俺は、雫の監護者にはなれない……俺はまだ高校生だし、法律上、ここで雫を匿い続けることはできないんだ」
その言葉に、雫の瞳から光が失われるように、再び俯いた。Yシャツの襟元から覗く首筋が、微かに震えている。
「だから……児童相談所に雫が入所することになると思う」
雫の息を飲む音が、静かな部屋に響く。児相という言葉が、雫にとって未知の、しかしまたしても『隔離』される場所を連想させたのかもしれない。
「……また、知らないとこ……?」
か細い声に、俺はすぐに首を横に振った。
「知らない場所で、不安なのはわかる……だけど、児相は……雫を守ってくれる場所だ! 雫の親は、もう手を出せない……安心して生活できる場所なんだ!」
俺は雫の手をYシャツ越しに重ねる。
「……俺は、雫がそこにいても、ずっと会いにいく! 手紙も書くし、面談の許可が下りれば、必ず会いに行く! 週に数回は、顔を見に行くよ!」
俺は、重ねた手に少しだけ力を込めた。雫は、震えながらゆっくりと顔を上げる。その瞳にはまだ涙が滲んでいたが、俺のことを真っ直ぐに見つめていた。
「……だから、大丈夫だ! 俺は、ずっと雫のそばにいる! たとえ離れても、一人にしない! 約束する!」
俺と雫は指切りで約束を交わした。そして俺は3枚の紙を出す。
「どの児童相談所がいい? 雫のことを考えて数件選定した……」
俺が選定した児童相談所は次の数件。
一軒目:温心児童相談所
個別部屋なし、シャワー個室あり、退所年齢18歳。
二軒目:ふれあい児童相談所
個別部屋あり、シャワー個室あり、出所年齢18歳。
三軒目:まごころ児童相談所
個別部屋あり、シャワー個室なし、退所年齢20歳。
と。雫は二軒目のふれあい児童相談所を指差す。
「分かった……」
これが、俺と雫の最後の会話になった。
