〜真昼の月と見慣れない制服〜

 数日前、突然警察から電話がかかってきた。なぜ、警察からだと分かったのかというと電話番号の最後の下3桁が『110』だったから。電話に出ると警察ではなく、雫の両親である月島啓介と月島葉月の罵詈雑言だった。スピーカーに変えなくても雫の耳に届くぐらいの声が大きかった。警察は月島夫妻から電話を返してもらい、俺たちに事情を説明してくれた。月島夫妻が持ってきた証拠じゃ不十分だから、俺を逮捕できないとのこと。電話が終わったあと、雫はYシャツの裾を掴んでビクビク震えていた。そして、今日遂に来た。
 昼下がり。俺と雫は昼食を食べ終えて、俺が食器を洗っていると
ーードンドンドン!
玄関のドアが叩かれている音が聞こえた。音が大きいから、俺の部屋だって分かっている。
ーードンドンドンドン……。
何度も激しく叩いている。
「誰なんだよ……」
俺は、ドアスコープから外の様子を見ると青筋を浮かべてドアを激しく叩く中年男性と麦わら帽子を被ってガラケーで撮影している中年女性がいた。雫の両親だ。間違いない。
「おい、中にいるのはわかってんだぞ! さっさとドアを開けろ!」
俺はドアの鍵を強く握りしめる。髪どめとか針金でドアがこじ開けられちゃ困る。『ドアを開けろ!』と言われて、開けるやつがいるか。
「娘をどこへやった! この《《卑劣な男》》が!」
俺の堪忍袋の緒が切れた。だが、俺は血液型の傾向上、黙り込む。黙るのが怒っている。すると、今度は
ーーピンポーン! ピンポーン!
インターホンを何度も鳴らし続けている。俺は雫に
「ガムテープ持ってきて! ドアを固定するから!」
と言った。雫は俺の寝室からガムテープを探し出し、転がして渡す。俺はドアノブをガムテープでグルグル巻きにしてインターホンのモニターを見るとガラケーのカメラを向けた中年女性が何度もインターホンを鳴らしている。
《近所迷惑だと思わないのか!?》
俺がモニター越しに黙っていると、
「雫、聞こえているんでしょ! お母さんのところに帰ってきなさい!」
俺を邪険にして、雫に優しい言葉をかけて連れ戻そうとしている。この夫婦は、頭のネジが数本抜けているんじゃないかと思う。
「《《こんな男》》と一緒にいないで、早く帰ってきなさい! さもないと、あんたの居場所、みんなにバラしてやるから!」
こんな脅しで、雫を連れ戻そうとしている。この言葉で実の子が『分かった』なんて絶対に言わない。
「もう私に関わらないで欲しい……」
雫はYシャツの袖をキュッと握りしめた。
「雫、俺のことは気にせずに俺の寝室に隠れていて! 身を潜めて!」
俺はドアを押さえる。こじ開けられないようにしないといけない。一応、チェーンもかけてあるし、この夫妻が斧でも持って来ない限り、部屋の中には入れない。この後もギャアギャア騒いでいたが、陽が沈むと
「明日また来てやるからな!」
――ドン!
ドアを1発蹴って、去っていった。俺は恐怖で震えて立てなかった。俺は四つん這いになりながら、寝室のドアを開けた。
「雫、もうあの2人は帰ったよ……」
俺が言うと
「律さん……ありがとう……」
雫は鼻をすすりながら、四つん這いの俺を抱く。背中にまたあのデコルテの感触が伝わる。でも、とても暖かく感じる。
「今日は疲れたから……バイトは休むか」
俺は四つん這いになりながら、ダイニングテーブルの上を探してスマホを手に取った。
「店長じゃなくてマネージャーに」
俺はスマホでマネージャーに電話をかける。店長は夜勤しないから。
『もしもし?』
「もしもし……桜井律です」
『どうしたんだ?』
「今日は体調が悪いので、バイト休みます……」
『どこが痛いんだ?』
「ちょっとお腹が痛くて……」
『分かった……』
俺は電話を終えた。俺は自分の体よりも雫の配慮が最優先だった。
「今日の夕飯はカップラーメンだけでいいか? なんか、恐怖で立てないから……」
俺は四つん這い状態で、決して雫の顔を見ずに喋った。雫は今、立っているしその四つん這い状態は犬猫視点。完全に足の間が見えてしまう。今、雫を性的な目で見てはいけない。恐怖で怯えているんだ。俺は台所の水道の水溜めを掴み、電子ケトルを手に取る。なんとか、深呼吸をして、心を落ち着かせた。これで四つん這いは打破できた。俺は棚からカップラーメンを出して、電子ケトルにミネラルウォーターを入れてスイッチを入れる。そして、ガラス製のコップを2つ出して氷を数個入れて麦茶を入れる。
「雫も座って……」
俺は、雫も誘った。雫も心を落ち着かせるために。雫のケアが最優先だ。恐怖でビクビクしている雫は幼く見えた。恐怖映像で見たお化けとか、夜遅くにお化けが怖くてトイレにいけない小さな子どもみたいだった。俺は、スマホゲームをミュートにして遊んだ。静寂な時間が続いた。電子ケトルの水が沸騰している音だけが響いている。
 数時間後。俺と雫はカップラーメンを食べて、少し休憩してた。また来るんじゃないかと怖くてラーメンが喉を通らず、麺は汁を吸ってのびてしまった。
「また明日も来るって言ってた……」
雫が蚊の泣くような声で呟く。
「そういえば、奥さんの方が数日前の電話で『警察に突き出してやるから、覚悟しなさい!』とか言ってたな……」
俺は考え込む。
「前、テレビでやってた脅しでもやるか……」
俺は閃いた。
「脅しって?」
「よく、ナンパに遭った女性を救おうとして、その誠意ある男性がスマホの画面見せて『もし抵抗するんなら、警察に通報するよ?』ってやる脅し……」
俺は詳しく説明した。
「テレビでもやってたって……あのサングラスかけた人がMCの?」
「そう……あれ……」
俺はキーパッドを開いてそこに
『110』
と打ち、スクショして保存した。そして、時間部分を写真の機能にある編集で消して現実感を持たせる。
「あの夫妻に、目に物見せてやるから……」
俺が悪役の魔王みたいに高笑いしようとしたら、
「ひどい目に遭わせるほどの効果はないと思うけど?」
と。雫にツッコまれる。
「でも、たいていの人はこれでやめるし……もう雫に近づくこともないんだよ?」
俺は言い返す。
「私はもうあの2人は嫌いだけど……律さんが話し合ってくれるなら……」
「もちろん、そのつもりだ……その間、雫は俺の部屋で身を潜めておいて……」
「分かった……」
俺は明日、雫の両親に2度と雫への接触をしないことと俺の部屋に来ないよう説得する。