「雫の服、なんかヘン! みんなと違う! キライ!」
ある日、私の服を見た同じ組の男子園児がそう言った。私は今日、キャラクターがデカデカとど真ん中にデザインされた色あせた水色のTシャツを着ていた。私が物心ついた時から着ていたお気に入りの洋服だった。色あせているのは、何回も洗濯したから。今はピッタリだけど今朝、母の葉月からは
「この服は、来年からは着られないね」
と言われた。
私は幼稚園の時、うさぎ組に所属していた。そして、私がうさぎ組に入ると
「うわっ、雫の服、クサイ! バイキンみたい! 近寄るな!」
「雫、またその服だ! 汚い! 誰も触りたくないよ!」
「ねぇ、雫、その服、ボロボロじゃん! なんで? ヘン!」
「雫の服、変なの! なんで裸なの? みんな笑ってるよ!」
と4人の男子園児に言われた。お気に入りの服だから穴が開いているのは、当たり前だけどそんなに目立っていないと思ったのに。ピッタリサイズだから『裸』なんて言ったのだ。下はフリルが付いた薄いグレーの股下までのスカートを履いている。幼稚園の時の私はスカートの着替えの数が少なかったから。スカートを2日同じものを履くのは珍しくなかった。足は薄いグレーの靴下とキラキラとしたラメのついたピンクが基調のスニーカーを履いていた。お気に入りの服でそこまで悪口言われるなんて思わなかった。
帰宅後、月島家。
「もうこんな服着たくない!」
私は今日着たTシャツを床に叩き付ける。
「来年から着られないからいいじゃない……」
母が、ため息を漏らす。
「このスカートも着たくない!」
私はスカートも脱ぎ捨てる。そして、自室に籠って嗚咽をもらしながら泣いた。この日を境に私は服に対して嫌悪感を抱いた。
1年後、6月。私は小学1年生に進学した。今日から体育の種目は水泳になる。新しく買ってもらった可愛い水着を着た。薄いピンク色のワンピース型の水着。ショーツも同じ色。水着の帽子は淡い水色で水泳選手が着けていた同じ素材のゴーグルも持ってきた。私がその水着でプールに入ると
「うわっ、雫の水着、ダっせぇ! なんか肌も気持ち悪ぃ!」
「雫の肌、白い! オバケみたい! プールでてけよ!」
「雫、ガリガリ! 水着だと骨しかねぇじゃん! キモっ!」
「ねぇ、雫、胸、全然ないじゃん! 男の子みたいだね! 変なの!」
「おまえの水着、おかしい! みんなと違うから一緒に泳ぎたくない!」
先にプールに遊んでいた男子生徒5人に言われた。私の肌は、他の人よりも少し白いかもしれないけど、オバケみたいに白くないのに。その日を境に、私は水着とそれと似た下着にも嫌悪感を抱いた。
中学生の頃。服にも下着にも嫌悪感を抱いた私はそれがとうとう体にも出始めた。
ーーグルルル……。
突然、腹痛が鳴る。でも、トイレに行くほどの痛みじゃない。というか、そもそもそういう気分にならない腹痛だった。数分の激痛が続くと今度は大量の汗が噴き出た。背中から滝のように流れ出る汗、髪がベタ付き、ノートにも汗が垂れて文字が滲む。
《これって、多汗症?》
私は汗を出しながらも授業に集中した。汗で制服が肌にベタ付く。すると、体中から赤いポツポツが出始める。これは湿疹というのだろうか。
「な、何これ!」
私は思わず、声を出した。それに気付いた先生は
「誰か、保健室の先生呼んできてくれ!」
「私、呼んで来ます!」
1人の女子生徒が席を立って、保健室まで走っていく。
保健室。私のカーテンの仕切られたベッドの上で制服を脱いで寝ていた。けど、症状は治らない。
《下着も、汗でベタついて気持ち悪い……》
私は下着も脱いで、肌をあらわにした姿になった。何時間かすると赤いポツポツは治った。けど、授業には参加せず早退した。保健の先生からは
「心身症だろうね……」
と。言われた。親にも連絡が行き、
「今まで気づいてやれなくて済まない……」
私に無関心だった父、啓介が、謝った。それからも中学校には通ったが心身症の症状が出るたびに欠課、早退を繰り返した。マトモに授業なんて受けられなかった。私はもう服を着るのが完全に嫌になった。下着も着たくなかった。家の中では肌をあらわにした姿で過ごした。いわゆる裸族になった。
三者面談、担任と母のみ。私は服を着ると腹痛と湿疹が起こるため不在。
「先生! お願いします! 娘にも……雫にも通える高校がないか探してください! お願いします!」
母は、当時の私のクラス担任に懇願する。
「できるだけ、協力します……全員高校に進学させましょう」
担任も協力してくれた。そして、両親と担任、副担任が必死で探してくれた。私が進学する学校は
『蒼空高等学院』
だった。この学校は自宅学習が主流で、施設は実技科目や交友関係の場として機能している。実技科目も選択制で受けなくてもいい。入試の試験も5教科受けるのではなく、書類審査、作文、面接の3つだった。書類審査の配点は低く作文と面接の配点が高い。私みたいに家から出れない生徒はあらかじめ用意された質問用紙が郵送で届く。それに答えて、学校に郵送するという形になった。いわゆる、高等学校卒業程度認定試験で高校卒業資格を得るための通信制高校だ。
合格発表日。
ーーブー、ブー
スマホのバイブレーションが鳴った。父と母のスマホもメールが鳴った。メールの送り主は蒼空高等学院入試センターからだった。メールの内容を確認すると、合格者一覧が表示されたファイルが送られてきた。この中に私の受験番号があれば合格だ。私はファイルを開き、受験番号を探す。数分間探すと
「あった!」
私の受験番号があった。合格した。
「雫! 合格したわね!」
「さすが、俺の娘だ!」
母と父は肌をあらわにした姿の私を抱きしめる。
高校進学して、数ヶ月経った後。私の両親は豹変してしまった。
7月の中旬に入った頃、私がイヤホンをしてタブレットで授業を受けていると
ーーバンッ!
母がノックもせずにドアを開ける。
「いつまでそんな姿でいるつもりなの!」
母が怒鳴る。私はきょとんとしたが
「お母さん、知ってるでしょ……服を着ると、お腹痛くなるし、湿疹も……っ」
と震えた声で、言い返すと
「まだその言葉を繰り返すの!? もういい加減にしなさい! こんな子、育てた覚えはないわ!」
と怒鳴り返された。そして奥にいる父に
「あなた! あなたも聞いてちょうだい! この子がまだこんなことを言ってるわ!」
すると、父が私の自室に近づき
「……もう、いいだろう」
とため息をついて、私にこう言った。
「出て行け」
すると、父は私の腕を乱暴に掴み、椅子から引きずり下ろした。その反動でイヤホンも耳から外れた。
「これだけ持っていきなさい! 後は何一ついらないから! 二度とこの家の敷居をまたぐんじゃないよ!」
私は玄関に放り出されて、母も何かを投げ捨てた。
ーーバタンッ!
ドアが閉められた。母が捨てたのは、かなりボロボロのバスタオルだった。色あせていて、布が麻とかわらみたいにゴワゴワしているし穴があいていたり、黒く焦げている部分があった。私は、それを体に巻く。夏の日差しが冷たいアパートの廊下の温度を上げていく。ひだまり荘の床が熱くなっていく。
ある日、私の服を見た同じ組の男子園児がそう言った。私は今日、キャラクターがデカデカとど真ん中にデザインされた色あせた水色のTシャツを着ていた。私が物心ついた時から着ていたお気に入りの洋服だった。色あせているのは、何回も洗濯したから。今はピッタリだけど今朝、母の葉月からは
「この服は、来年からは着られないね」
と言われた。
私は幼稚園の時、うさぎ組に所属していた。そして、私がうさぎ組に入ると
「うわっ、雫の服、クサイ! バイキンみたい! 近寄るな!」
「雫、またその服だ! 汚い! 誰も触りたくないよ!」
「ねぇ、雫、その服、ボロボロじゃん! なんで? ヘン!」
「雫の服、変なの! なんで裸なの? みんな笑ってるよ!」
と4人の男子園児に言われた。お気に入りの服だから穴が開いているのは、当たり前だけどそんなに目立っていないと思ったのに。ピッタリサイズだから『裸』なんて言ったのだ。下はフリルが付いた薄いグレーの股下までのスカートを履いている。幼稚園の時の私はスカートの着替えの数が少なかったから。スカートを2日同じものを履くのは珍しくなかった。足は薄いグレーの靴下とキラキラとしたラメのついたピンクが基調のスニーカーを履いていた。お気に入りの服でそこまで悪口言われるなんて思わなかった。
帰宅後、月島家。
「もうこんな服着たくない!」
私は今日着たTシャツを床に叩き付ける。
「来年から着られないからいいじゃない……」
母が、ため息を漏らす。
「このスカートも着たくない!」
私はスカートも脱ぎ捨てる。そして、自室に籠って嗚咽をもらしながら泣いた。この日を境に私は服に対して嫌悪感を抱いた。
1年後、6月。私は小学1年生に進学した。今日から体育の種目は水泳になる。新しく買ってもらった可愛い水着を着た。薄いピンク色のワンピース型の水着。ショーツも同じ色。水着の帽子は淡い水色で水泳選手が着けていた同じ素材のゴーグルも持ってきた。私がその水着でプールに入ると
「うわっ、雫の水着、ダっせぇ! なんか肌も気持ち悪ぃ!」
「雫の肌、白い! オバケみたい! プールでてけよ!」
「雫、ガリガリ! 水着だと骨しかねぇじゃん! キモっ!」
「ねぇ、雫、胸、全然ないじゃん! 男の子みたいだね! 変なの!」
「おまえの水着、おかしい! みんなと違うから一緒に泳ぎたくない!」
先にプールに遊んでいた男子生徒5人に言われた。私の肌は、他の人よりも少し白いかもしれないけど、オバケみたいに白くないのに。その日を境に、私は水着とそれと似た下着にも嫌悪感を抱いた。
中学生の頃。服にも下着にも嫌悪感を抱いた私はそれがとうとう体にも出始めた。
ーーグルルル……。
突然、腹痛が鳴る。でも、トイレに行くほどの痛みじゃない。というか、そもそもそういう気分にならない腹痛だった。数分の激痛が続くと今度は大量の汗が噴き出た。背中から滝のように流れ出る汗、髪がベタ付き、ノートにも汗が垂れて文字が滲む。
《これって、多汗症?》
私は汗を出しながらも授業に集中した。汗で制服が肌にベタ付く。すると、体中から赤いポツポツが出始める。これは湿疹というのだろうか。
「な、何これ!」
私は思わず、声を出した。それに気付いた先生は
「誰か、保健室の先生呼んできてくれ!」
「私、呼んで来ます!」
1人の女子生徒が席を立って、保健室まで走っていく。
保健室。私のカーテンの仕切られたベッドの上で制服を脱いで寝ていた。けど、症状は治らない。
《下着も、汗でベタついて気持ち悪い……》
私は下着も脱いで、肌をあらわにした姿になった。何時間かすると赤いポツポツは治った。けど、授業には参加せず早退した。保健の先生からは
「心身症だろうね……」
と。言われた。親にも連絡が行き、
「今まで気づいてやれなくて済まない……」
私に無関心だった父、啓介が、謝った。それからも中学校には通ったが心身症の症状が出るたびに欠課、早退を繰り返した。マトモに授業なんて受けられなかった。私はもう服を着るのが完全に嫌になった。下着も着たくなかった。家の中では肌をあらわにした姿で過ごした。いわゆる裸族になった。
三者面談、担任と母のみ。私は服を着ると腹痛と湿疹が起こるため不在。
「先生! お願いします! 娘にも……雫にも通える高校がないか探してください! お願いします!」
母は、当時の私のクラス担任に懇願する。
「できるだけ、協力します……全員高校に進学させましょう」
担任も協力してくれた。そして、両親と担任、副担任が必死で探してくれた。私が進学する学校は
『蒼空高等学院』
だった。この学校は自宅学習が主流で、施設は実技科目や交友関係の場として機能している。実技科目も選択制で受けなくてもいい。入試の試験も5教科受けるのではなく、書類審査、作文、面接の3つだった。書類審査の配点は低く作文と面接の配点が高い。私みたいに家から出れない生徒はあらかじめ用意された質問用紙が郵送で届く。それに答えて、学校に郵送するという形になった。いわゆる、高等学校卒業程度認定試験で高校卒業資格を得るための通信制高校だ。
合格発表日。
ーーブー、ブー
スマホのバイブレーションが鳴った。父と母のスマホもメールが鳴った。メールの送り主は蒼空高等学院入試センターからだった。メールの内容を確認すると、合格者一覧が表示されたファイルが送られてきた。この中に私の受験番号があれば合格だ。私はファイルを開き、受験番号を探す。数分間探すと
「あった!」
私の受験番号があった。合格した。
「雫! 合格したわね!」
「さすが、俺の娘だ!」
母と父は肌をあらわにした姿の私を抱きしめる。
高校進学して、数ヶ月経った後。私の両親は豹変してしまった。
7月の中旬に入った頃、私がイヤホンをしてタブレットで授業を受けていると
ーーバンッ!
母がノックもせずにドアを開ける。
「いつまでそんな姿でいるつもりなの!」
母が怒鳴る。私はきょとんとしたが
「お母さん、知ってるでしょ……服を着ると、お腹痛くなるし、湿疹も……っ」
と震えた声で、言い返すと
「まだその言葉を繰り返すの!? もういい加減にしなさい! こんな子、育てた覚えはないわ!」
と怒鳴り返された。そして奥にいる父に
「あなた! あなたも聞いてちょうだい! この子がまだこんなことを言ってるわ!」
すると、父が私の自室に近づき
「……もう、いいだろう」
とため息をついて、私にこう言った。
「出て行け」
すると、父は私の腕を乱暴に掴み、椅子から引きずり下ろした。その反動でイヤホンも耳から外れた。
「これだけ持っていきなさい! 後は何一ついらないから! 二度とこの家の敷居をまたぐんじゃないよ!」
私は玄関に放り出されて、母も何かを投げ捨てた。
ーーバタンッ!
ドアが閉められた。母が捨てたのは、かなりボロボロのバスタオルだった。色あせていて、布が麻とかわらみたいにゴワゴワしているし穴があいていたり、黒く焦げている部分があった。私は、それを体に巻く。夏の日差しが冷たいアパートの廊下の温度を上げていく。ひだまり荘の床が熱くなっていく。
