【番外編】あなたが白制服に着替えたら、それが愛のはじまり

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そんな日常を続ける中のことだった。

柊慈は相変わらず夏帆を気遣い優しいし鹿児島での生活にも慣れてきた。

旅行気分がなくなり慣れてきたからこそ、今まで住んでいた青森が懐かしく思えてくる。

前向きに過ごしたいのになぜか夏帆の心が晴れない日が増えていった。


鹿児島に来て一ヶ月が経とうとしていた。

今日の風向きは夏帆たちが住む町に桜島の灰を降らせた。
夏帆は買い物に行くために車のフロントガラスの灰を落としていた。

(青森では雪かきだったけど鹿児島では灰かきだ。ところ違えば、かくものも違ってくるのね)

4月、地元の沿道にはまだ残雪がある。徐々に溶けてゆく雪の塊を見ながら春の到来を感じていた。

しかしここはすでに草花が生い茂り初夏に向けてすでに背伸びをしているようだった。

(素敵な景色なのだけれども、やっぱり懐かしいな…)

夏帆は故郷を思い出して今日の夕飯は白子の味噌汁が飲みたくなった。
さっそくスーパーで商品を探すが白子がない。

(久しぶりに昆布だしでつくる白子汁が飲みたかったのに…)

仕方なく今夜は普通の味噌汁を作ることにした。

スーパーから帰ってくると夏帆は未開封だった引越し段ボールを開けた。

引越しの際、青森の名産品をこれもかと詰めてきたのだ。いつも使っていた昆布を取り出した。

「よしっ」

いつものように水から煮だした。
途中で味見をみて夏帆は首をひねった。
「あれ?全然味がでてない…」
何度かやり直してみたが駄目だった。
「やっぱり…水が違うのかな…」

夏帆は力なく溜息をついた。
一旦、調理の手を止めてリビングへと戻った。

ソファーに腰かけて温かいお茶を飲んだ。
テーブルの端に幼稚園のみんなからもらった寄せ書き帳が目に入った。
それを何気なく手に取る。そしてペラペラめくってゆく。

  ”かほせんせい、またあおうね!”

どこ子もみな覚えたてのたどたどしい文字で夏帆にそうメッセージを残してくれていた。

懐かしいなみんなに会いたいなと自然と湧き上がる感情に刺激され、夏帆の目に涙があふれる。そして、ぽたりぽたりとこぼれだす。

(こんな弱気になっちゃだめなのに…
 もっとしっかりしないといけないのに…)

柊慈を支えると決めたはずなのに…
青森を離れて1か月しか経っていないのに弱気になるなんて情けない。

夏帆は自分を叱咤した。
しかし、感情はとめることができない。
なぜか止めてはいけない気がして思いのまま涙を流した。


「ただいま」

19時。

柊慈が帰って来た。

リビングに入ると夕飯は出来ておらず夏帆はソファーでうたた寝をしていた。

柊慈はそれに気が付き音を立てないように近づいて夏帆に掛物を掛けた。

その時、ようやく夏帆が目を醒ました。

「あ…柊慈さん…お帰りなさい」

夏帆の目の下が赤く腫れている。
テーブルにはメッセージ帳。

それをみただけで柊慈だって何があったか想像ができた。

夏帆は外が暗くなっていることに焦る。

「もうこんな時間っ。ごめん、これからご飯作るからっ」

起き上がろうとする夏帆を柊慈は手で制した。

「横になってていいよ」

「…でも…」

「無理しなくていい。環境が変わって疲れが出てるんだ」

そっと夏帆の横に座る柊慈。

「俺だって飯くらい作れる。今日は”俺の飯”を夏帆に食べてもらうことにしよう」

柊慈は夏帆の手をとり指を絡ませる。

「眠たかった?」

「…うん」

夏帆は申し訳なさそうにして顔を上げない。

「そういう日だってあるよ。だから夏帆はちゃんと俺に甘えて」

それは子供を諭すような優しい口調だった。

柊慈がどんなに自分を大切にしてくれているかわかる。だからこそ、夏帆だって柊慈に尽くしたい。

しかし、今はなぜか身体が動かない。こうやって夏帆が休めるよう誘導してくれる柊慈の優しさが本当に嬉しかった。

「…そう言ってもらえると、少し楽になる…ありがとう」

夏帆はスンと鼻をすすった。

「そう、それでいい」

よく出来ましたと柊慈は夏帆の起きたてのホカホカほっぺにチュッとキスをした。

そして立ち上がると、さそっくキッチンに立つのであった。

そんな後ろ姿をみながら夏帆は柊慈を頼もしいと思う反面、申し訳なくもなる。

最近の自分は少しおかしい。
夏帆もわかってはいる。
しかし体が言うことを聞かない。
夏帆はもどかしかった。



熱があるわけでも頭が痛いわけでもない。
なのに気分がどうしても上がらない。

柊慈からはこれ以上はないというくらい守られている。
だからこそ余計な心配はかけたくないと思った。

夏帆は柊慈といるときはなるべく笑顔を作り普通に会話することを意識していた。
今日もいつも通り柊慈を見送った。

天気予報を見ていたら今日は午後から灰が降る予報だった。

「洗濯物、取り込まなきゃ…」

夏帆はベランダへと出る。
パタパタと叩きながら洗濯物を取り込んでいると正午を知らせる鐘が鳴った。

(もうお昼だ)

夏帆は無意識に青森の方角に視線を向ける。

(幼稚園は給食の時間だ。
 年少さんは慣れない配膳を頑張っているかな。
 真希の職場復帰は順調かな。
 お父さんはちゃんとご飯食べているのかな)

青森で過ごした頃の映像が脳裏に蘇ってくる。
痛いほどの懐かしさに胸がギューと切なくなる。
意思とは無関係に涙があふれだしてしまう。

(私、やっぱりおかしい?なんでこんなに悲しくなっちゃうんだろう)

いよいよ涙が止まらなくなった。
しゃくりあげるように泣いてしまう。
その時、隣の家との仕切りの壁から声をかけられた。

「成瀬さん?大丈夫?」

それは隣人の小林ママであった。
壁からひょこりと顔を出し夏帆をのぞいている。

「す、すみません。うるさかったですか?」

夏帆は急いで涙を手で拭った。
小林ママはそんな夏帆の顔をじーっと見つめてからこう誘った。


「うちにお茶を飲みに来ない?」