駄菓子屋さんパレット

 翌朝。時刻はまもなく七時二〇分になろうという頃、果歩のおウチのインターホンが鳴らされた。
「はーい」
 夏美お母さんが玄関へ向かい、扉を開ける。
「おばさん、おはようございます」
 訪れてきたのは、竹乃であった。
「おはよう竹乃さん。あ、そうだわ。昨日のお礼、渡しとかなくちゃ」
 夏美お母さんは一旦キッチンへ向かい再び玄関に戻ってきて、竹乃に夕張メロンを一玉手渡す。
「わー、すごい! こんな高級なもの、いただいちゃってよろしいんでしょうか?」
「もちろんよ。まっちゃんや竹乃さんにはいつもお世話になってるからね」
 夏美お母さんは爽やかな笑顔で答える。
「ありがとうございます。ところで、果歩はやっぱり……」
「そうなのよ。かほったら、今日もまだ起きてないのよ。竹乃さん、今日もよろしくね」
 夏美お母さんはやや困った表情を浮かべながら言い、竹乃を果歩のお部屋へ上がりこませた。
「おっはよう果歩。今日も起こしに来たよ」
「かほ、早く起きなさい。竹乃さんもう来たわよ」
 七時ちょうどにセットされていた目覚まし時計のアラームが、まだ鳴り響いていた。
 夏美お母さんはアラームを止め、果歩の頬を軽くペチペチ叩き、気持ちよさそうに眠っていた果歩を起こす。
「んんーっ」
 果歩は布団の中から手をにゅっと出し、夏美お母さんの手をパシッと払いのけた。
「もう、かほ! 竹乃さんちの亀さんじゃないんだから」
果歩は手を引っ込めて、頭まですっぽり掛け布団に包まる。
「お母さん、寒いよー眠いよー。あと一分だけでも寝かせてーっ」
「ダーメ! さっさと起きなさい!」
 夏美お母さんは掛け布団を引っ張った。中の果歩も対抗する。
「果歩は中学生になっても寝坊癖相変わらずやなぁ」
 竹乃はその様子を見て微笑む。
「もう、いい加減にしなさいね!」
 夏美お母さんは、今度はお布団を横から転がす手段に出た。力いっぱい押す。
「ぃやーん」
すると中の、ロールケーキの生クリーム部分みたいになっている果歩もいっしょにころころ転がり、掛け布団ごと床へ落っことすことが出来た。夏美お母さんの試みは功を奏す。
「あいたたた……(*_*)」
「かほ、早く支度しないと遅刻しちゃうわよ。竹乃さん、果歩が二度寝しないようによろしく頼むわね」
 夏美お母さんはそう告げて、疲れた様子で一階へと下りていく。彼女も果歩と同じく小柄でか弱いため、寝起きの悪い果歩を起こすのにけっこう体力を使ってしまう。
「ねえ、たけちゃん。おーこしーてー」
 果歩は仰向けに寝た状態のまま、両手を天井方向に差し出す。
「はいはい」
 竹乃は快く、果歩の両手をクイッと引っ張って立ち上がらせた。
「ありがとう、たけちゃん」
竹乃も果歩を起こすのに、今日のように手伝うことはよくあることなのだ。 
 果歩は目覚まし時計をちらりと眺めた。
「七時……三五分……えっ、もうこんな時間なの!? 大変だぁーっ!」
予想外の時刻に驚く。けれどもこれで、すっきり目が覚めたみたいだ。慌てて鏡の前に座り、櫛で髪の毛をとく。水色花柄リボンのついたヘアゴムで、彼女お気に入りのお団子頭にヘアチェンジ。
時計の針は刻々と進む。パジャマから紺のブレザー型制服に着替え終えるまで五分近く費やしてしまった。階段を駆け下り通学カバンを玄関先に置いて、おトイレを済ませてキッチンへと走る。
「いただきまーっす」
 続いて大急ぎで朝食をとり始める。その間、竹乃は一旦おウチに戻って夕張メロンを松恵お母さんに渡し、再び訪れて玄関前で待つことに。
果歩が朝食に用意されていた、ブルーベリージャムのたっぷり塗られた六枚切りトースト一枚、お砂糖多めで甘く味付けされたスクランブルエッグ、そしてリンゴサラダを食べ終える頃には八時五分をまわっていた。
「やばーい。遅刻しちゃうよーっ」
 お口直しにお砂糖たっぷりのホットミルクココアを飲んだあと、すぐさま洗面所に向かい急いで顔を洗って玄関へ竹乃が待つ玄関先へ。
「かほ、歯磨きはちゃんと済ませたの?」
 夏美お母さんは、居間で朝の連続テレビ小説を見ながら叫ぶ。
「そんな時間ないよーっ。行ってきまーっす」
 そう返事し、果歩は真っ白なスニーカーを履いた。
「かほ、いつも言ってるけどもう少し早起き出来るようになろうね。二人ともいってらっしゃい」
 夏美お母さんに見送られ、竹乃といっしょに登校。これが、二人の小学校時代から続いているいつもの朝の光景なのだ。
 バス停まで走るさい、竹乃の胸の辺りまで伸びた、カジュアルストレートの濡れ羽色な髪の毛が棚引く。
「あっ、たけちゃん。もうバス来ちゃってるよ」
「待って下さーい。乗りまーす」
今朝はこの時季としては肌寒かった。果歩と竹乃は白い息を吐きながら急ぐ。
他にもたくさん、同校の生徒たちが流れ込んでいく。この便を逃すと遅刻がほぼ確定してしまうため、みんな必死だ。
「ふぅ、なんとか間に合ったわ。今日もぎりぎりセーフやったな」
「危なかったね。運転手さんに感謝だよ」
〈まもなく発車します〉
 車内アナウンスが流れ、ブザー音と共に扉が閉まる。八時十五分の定刻より一分ほど遅れてバスは動き出した。座れなかった二人はつり革をつかむ。
「そういや果歩、数学の宿題最後まで出来た?」
「一応、答合ってる自信はないけど」
 果歩はにっこり笑いながら開き直ったように言い放った。
「そっか。うちも一応全部埋めたで」
「分数と小数が混じってるやつは自信ないよ」
「うちもや。でもいまどき小学校の分数小数出来んでも大学生になれるみたいやし、問題ないよな」
「うん、うん。大学入試では数学を必ずしも使わなくてもいいみたいだもんね」
こんな会話を弾ませているうちに、
〈楠羽中学校・高等学校前、楠羽女子中学校・高等学校前です〉
 学校最寄りのバス停に到着した。果歩と竹乃は真新しい定期券を運転手さんにかざし、急いで下りる。
バス停から校門までも、まだ少しだけ距離がある。自転車で通学して来た子たちも含め、
多くの生徒たちがこぞって正門へと突入する。
果歩と竹乃は八時二十五分の予鈴チャイムが鳴るのとほぼ同時に飛び込んだ。鳴り終わるまでは約二〇秒。それ以降の登校は遅刻扱いとされてしまう。毎朝正門前に立つ、生徒指導部の先生方にきちんとチェックされるのだ。
中学部校舎に入り上履きに履き替え、教室へ入った頃にはすでに担任が教卓の前に立っていた。二人が席に着いて数秒後に、八時三十五分のチャイムが鳴った。朝のホームルームが始まる。
「みなさん、おはようございます。皆さん中学生活にもだいぶ馴染んで来たかな?」
このクラスを受け持つのは英語科の、優しそうな若い女の先生だ。楞野(かどの)先生という。背丈は一五〇センチをほんのちょっと超えるくらいでやや小柄。ぱっちりとしたつぶらな瞳に丸っこいお顔。さらさらした亜麻色の髪の毛は、リボンなどで結わずごく自然な形で胸の辺りまで下ろしている。そんな彼女はいつも通り出欠を取り、諸連絡を伝え、このあと八時四〇分から始まる一時間目の授業を受け持つクラスへと移動していく。一年一組では、今日の一時間目は数学だった。
「それじゃ、さっそくこの前出した宿題回収するよん。後ろから集めてねーん」
 授業開始直後、横嶋という名の四十過ぎくらいの数学担当教師からお言葉がかかる。
 回収し終えたあと、
「……今パラパラーッと目を通したんだけど、なんかさあ、小学校の復習の分数小数の計算間違えてる子が何人か見受けられたんだよねん。ま、いいけど」
 横嶋先生はちょっぴり怪しげな笑みを浮かべながらそう告げて、白チョークを手に取り、黒板に数式を書いた。
「それではこの問題を……安福君。やってみってねん」
「はっ、はいぃーっ!」
 いきなり指名されてしまった果歩はビクーッと反応した。慌てて立ち上がり、緊張した足どりで黒板の前へと進む。
 出題されたのは、2√5×3√2の値を求める問題。
(えっと……あっ、あれ? 何? この変な記号……ど、どうしよう。こんな問題って、あり? 見たことないよこんなの)
 果歩は白チョークを手に持ったまま、トーテムポールのごとく固まってしまっていた。
「ふふーん。出来ないのかあ。予想通りだな」
 横嶋先生はその様子を眺めて、楽しそうににこにこ笑っていた。
(果歩、かわいそうや。なんやねんあの先生。さっきの発言は教師としてひどいよな。うちがなんとかしてあげたいけど、うちもあれは分からへん)
 竹乃は自分が代わりに解いてあげようかと思ったが、なすすべなし。固唾を呑んで見守るしかなかった。
 その時――。
「あのう、先生、わたしが解きます」
 と、クラスメイトの一人が挙手をした。
「えー、きみがやってもつまんないよ。すーぐ解いちゃうんだもん」
 横嶋先生はその子に向かって何やらネチネチ文句を言い始めた。
 その子は丸いメガネを掛けていて、濡れ羽色の髪の毛は三つ編みと、見るからに優等生っぽい感じの子だった。
「先生、この問題は中学三年レベルなので、解けなくて当然です。分からない子いじめはよくないと思いますよ」
 その子はややゆっくりとした口調で、横嶋先生に向かってズバリと言い放った。
「わっ、分かったよん。じゃあ、きみがやってねん」
 その子はスッと立ち上がって黒板へと向かい、
「あとはわたしにお任せ下さい」
 果歩に向かって笑顔で話しかけた。
「どっ、どなただったかお名前が思い浮かびませんが、ありがとう。助かったよ」
 果歩はその子にお礼を言って、そそくさ自分の席へ戻った。
(果歩、良かったなぁ。あの子めっちゃ良い子やな。お友達になりたいな)
 竹乃も安堵した。
「先生、出来ました。答えは6√10です」
 果歩が席に着いた直後、その子が告げる。その子は、果歩が悪戦苦闘していた問題を一瞬で解いてしまったのだ。
「文句なしの正解だよん。面白みがないなぁ」
 横嶋先生はとても悔しそうな表情を浮かべていた。続いて竹乃にも似たような問題を当てたのだが、またもこの子にあっさりと解かれてしまった。
 
「さっきは本当にありがとう」
「うちの方も助けてくれてありがとな」
休み時間が始まると、果歩と竹乃はその子の席へと駆け寄る。
「どういたしまして。確か、あなたたちは安福果歩ちゃんと武貞竹乃ちゃんでしたね。わたしは魚井光子っていいます」
「入学式の日に自己紹介しただけなのに、私の名前、もう覚えててくれてたんだーっ。す
ごい嬉しいよ。あのう、魚井さん。ぜひこれから私のお友達になって下さい!」
「うちともよろしくな。このクラス、果歩以外に中学の時の知り合いがおらへんねん」
 果歩は光子の左手、竹乃は右手を握り締めた。今、光子は両手に花状態だ。
「もちろん喜んで。というかわたしの方からお願いしたいくらいだよ。ちょうど来週のお掃除当番、お二人とも一緒の班みたいだし」
「そうなんか?」
 竹乃は黒板横の壁に画鋲で留められていた当番表を確認しに行った。
「あっ、ほんまや! それに、果歩ともいっしょやん」
「えっ!? たけちゃんと同じ班! やったあ!」
 果歩も黒板横に駆け寄る。
「もう一人の子が、二星栞さんか」
「果歩みたいにちっちゃくてめっちゃかわいい子っぽいお名前やな」
竹乃がそう口にした直後、
「ひゃっ!」
「うわっ、びっくりした。だっ、誰や?」
果歩と竹乃は、背後から肩をポンポンッと叩かれた。二人は反射的に後ろを振り向く。
「それワタシ。ワタシが二星栞よ」
 二人の目の前にいたのは、ブラウンの瞳に、肩のあたりまで伸びたやや茶色みがかった髪の毛をミディアムウェーブにしていた、見た感じ明るそうな子。竹乃ほどではないが背も高めだった。
「この子もわたしのお友達なの」
 光子は、果歩と竹乃に向かってそう叫びかけた。
「そっ、そうやったんか」
「ワタシは光子の親友であり、かつ幼馴染でもあるよ。よろしくね。カホミンとタケノン」
「あ、どうも。私の方こそよろしく」
「二星さん。うち、また新しいお友達が増えて嬉しいよ」
「まあまあ二人ともそんなに畏まらんと。ワタシのこと呼捨てで呼んで欲しいな」
 栞は友情の証として、二人の手をぎゅっと握り締めた。とてもフレンドリーに接しかけてくる。
「わたしの方も、下のお名前で呼んでね」
「じゃあ私、しーちゃん、みっちゃんって呼ぶね」
「うちはニックネームつけるの苦手やし、普通に栞、光子って呼ぶな。それにしても、あいつひどいよなぁ。マッシュルームカットで、牛乳瓶の底みたいなメガネで、小太りの絵に描いたようなポンバシ、アキバに出没しそうなオタクっぽいのはまだ良しとして」
「通ってた塾の関係で、わたしと栞ちゃんは小学三年生の時から横嶋先生のことを知ってたんだけど、横嶋先生は意図的に出来の悪い子を当てて、難しい問題に困っている様子を楽しんでるみたいなの」
 光子は二人にさらっと伝えた。
「性格はス○夫も入ってはるな」
「あの先生、話し口調はすごく面白いんだけど、当てられるのは嫌だよね。私もたけちゃんも、頑張らなきゃどんどんみんなから遅れとっちゃうね」
 果歩はやや不安そうな表情を浮かべる。
「ほんま先が思いやられるわ。光子と栞のこと、頼りにしとうよ。うちも果歩もな、入学式の翌日にあった実力テストで、下は片手で数えれるほどしかおらへんかってん。授業で分からないとこ、山のように出てくると思うからお助けしてな」
 竹乃は、栞と光子の目を交互に見つめながらお願いした。
「はい。困った時はマンツーマンでアシスト致しますよ」
「理系科目ならワタシとミツリンに任せてね」
 二人とも頼もしい言葉をかけてあげる。
「ありがとう。栞も光子も神様やー」
「拝んでおこう」
「せやな」
 果歩と竹乃はパチパチ拍手を二回打ったのち手を合わせ、目を閉じてお辞儀。
「恥ずかしいです」
 光子はちょっぴり俯き加減で照れ笑い。
「照れくさいよね。カホミンとタケノンに、横嶋のことでもう一つ面白いこと教えてあげる。あいつのあだ名は〝よこしま〟って言うんよ」
「そのまんまやんか」
 竹乃はすかさずツッコミを入れる。
「確かに本名と同じだけど、漢字で表すと邪魔の〝邪〟って書くんよ」
 栞が笑いながら理由を説明すると、
「ああ、それ単体やと〝よこしま〟って読めるな。あの先生の性格を表しとうな」
「イメージ通りだね」
竹乃と果歩はくすっと笑った。
「当の本人は決して邪な気持ちで教師になったわけやないって否定しとうけどね」
 栞は付け加えておいた。

四時間目は十二時半に終了。お昼休みに入ると四人はイスを寄せ合って、仲睦ましくいっしょにお弁当をとる。
「果歩ちゃんと竹乃ちゃんは、部活動は何にするかもう決めましたか?」
 光子はミニトマトをモグモグ頬張りながら、二人に質問してみた。
「いや、まだなんだけど。私、スポーツめちゃくちゃ苦手だし、入るとしたら文化系にするつもり。童話研究会が一番いいかなって思ってるの」
「うちもそれが最有力候補。雅楽部ってものちょっと気になるけど」
「ねえ、クイズ研究会とかどう? すごく楽しいみたいよ」
 栞は勧めてみるも、
「うーん、それはちょっとね」
「うち、頭悪いし」
 果歩と竹乃は即却下。
「やっぱダメか。まあワタシも暗記物は苦手やから入るつもりは微塵もないけどね」
「わたしは、バードウォッチング部に所属しようと思うの。主な活動拠点の六甲山は、野鳥さんの宝庫だから年中通じていろんな種類の鳥さんたちが観察出来るみたいよ」
「これも珍しい部活だね。私、入ろうかなぁ」
「うちも、果歩が入るんやったら」
 光子の勧めた部活には少し興味を示したようだ。

 六時間目は移動教室。一組のクラスメイトたちは情報処理実習室へ。この中学ではパソコン実習も必修になっているのだ。
情報処理実習室には、最新式に近いデスクトップパソコンが四〇台ほど設置されており、一人一台ずつ利用出来るようになっていた。
 果歩たち四人は近く固まるようにして座る。
「うち、この授業一番好きになりそうや。ネットやり放題やもん」
竹乃は嬉しそうにしていたが、チャイムが鳴り、入口自動扉が開かれた瞬間。
「え!? またあいつなん?」
 思わず嘆きの声を漏らした。
「その通りっさ武貞君。まる聞こえだよーん。それでは授業を始めるよーん」
現れたのは、横嶋先生だった。数学に加え、この授業も兼任していたのだ。
「やっぱ嫌な授業になるかもな。まあパソコンで遊べるからええけど」
「私はあの先生でもべつにいいよ。たけちゃん、動物さん探しゲームして遊ぼうよ」
「うん」
電源ボタンを入れ、生徒それぞれに振り分けられている学生番号とパスワードを入力することで起動するような仕組みになっている。セキュリティ対策も万全なのだ。
 授業開始から十五分ほど経ち、
「おーい、きみたち。ちゃんと今日の課題済ませてからにしてねーん」
 四人でわいわい騒いでいると、横嶋先生が近寄ってきた。
「えー。初授業やのに、いきなり課題あるんすか?」
 竹乃は嫌そうな表情で切り返す。
「ねえ、先生。パソコン大好きなんですよね。楞野先生から聞きました。一日どれくらいやってるんですか?」
 果歩は嬉しそうに彼に話しかける。
「うーん、そうだなぁ、五時間くらいじゃないかなぁ。パソゲーで遊んだり、動画投稿サイトをウォッチしたり、プログラミングしたりして有効に活用してるよん。プログラミングといえばオイラさ、本当はゲームクリエイターになりたかったんだよねん」
「その方が教師よりもお似合いやな」
 竹乃は相槌を打つ。
「そう思うだろう。けどさあ、オイラのパパとママに大反対されてさあ、仕方なく教師になってあげたんだよん。オイラ、ゲー専行きたかったのに四年制大学行かされてさ。オイラの家系、代々教師ばかりなんだよねん。パパもママも教師だし。グランパは校長先生もやってたんだよん。そんでオイラも無理やり教師にされちゃったわけさ」
 横嶋先生は不平を独り言のようにぶつぶつ呟く。
「テレビゲーム禁止されてたんやな。ちょっとかわいそう。うちはもとからあんまやらへんけど。どっちかって言うとアニメとか見る方が好きや」
「ノンノンノン。ゲームで遊ぶこと自体はオイラ世代のヒーロー、高○名人が提唱しておられた一日一時間どころか何時間でも思う存分、自由にやらせてもらえていたよん。欲しいゲームは何でも買ってもらえたよん。ただね、条件としてゲームを職業なんかにしちゃ絶対にダメだって厳しく言われてただけさ」
「先生のご両親の気持ち、分からんでもないな。ゲームクリエイターっていったら、連日徹夜続きで、安月給でこき使われる過酷な労働環境みたいやし。アニメーターよりはマシやろけど」
「そういえばオイラの高校時代からの友人、将来は任○堂の社長になるんだって宣言して大阪にあるやたらでかいゲー専入ったけど、そこ卒業して以来二〇数年経った今でもずっとニート兼ヒッキー続けてるなぁ。ママやパパの言ってたことはあながち嘘ではないことがよく分かったよん。大学進学を勧めてくれたことに今でも感謝してるさ。そういやオイラ、就活の時はママと揉めたなぁ。大反対を押し切って受けたんだよん、その手の企業。プログラマー、デザイナー、プランナー、サウンドクリエイター……どれも作品選考と筆記までは大方通るんだけど、面接でことごとく落とされ続けて結局はどこからも雇ってもらえなかったっていう悲しい思い出もあるから。オイラ、あの時惜しくもゲームクリエイターになれなかった悔しさをバネにして、最近はホームページに趣味で作った自作ゲームを公開するようになったのさ」
 横嶋先生は自信満々に語る。
「先生すごいやん」
「ゲームが作れるなんて、天才だね」
 竹乃と果歩は横嶋先生を大いに褒める。 
「いやいやあ、それほどでもないよん。とりあえずC言語、C♯、C++、Javaを覚えて、DirectXやOpenGL、XNAの使い方をマスターすれば、誰でも手軽に本格的な3Dゲームを創作出来るのだよん」
「? 訊いたことのない用語だらけでうち、先生の言っとうことがさっぱり分からんわ~」
「ま、そうだろうな。武貞君には難し過ぎて理解は無理だよん」
「今の発言さりげなくひどっ」
「C言語の基礎は、もう少ししたら教えてあげるから楽しみにしててねーん」
「よこしまの作ったゲームって、どんなのか気になるーっ」
 栞は興味心身な様子。
「ふふふ、見たいかい? アドレス教えちゃうよん」
横嶋先生はそう告げて、URLをキーボートで打ち込み、彼が製作したというホームページを開いた。
「ほほう、横嶋ハールか。なかなかセンスのあるタイトル付けたね」
 栞は感心しながらページ内のリンクボタンをクリックしていく。
「インドのあの有名世界遺産のパクリですよね」
 光子は笑顔で突っ込む。
「ありゃ? 算数パズルとか中心にまともな学習系ゲームばっかやん。意外や意外。イメージしてたアレ系のとは全然ちゃうな」
「おいおいおい二星君、イメージだけで想像するなよん」
 横嶋先生はにんまり微笑みながら、照れ隠しをするように頭をかく。
「オイラはねえ、算数嫌いな子どもたちに、算数というのはとても面白いものなんだよってことをもっと教えてあげたいのさ。苦手な教科を勉強するというのは嫌なことだけど、ゲームという媒体を使えば親しみを持ってくれやすくなるだろ。子どもたちに算数を、ゲームで遊びながら楽しく学んでもらう。そうなってくれたらオイラとしてもとても嬉しいのさ。ここで嫌いになっちゃった子は、中学高校に入ってますますついていけなくなるだろうからねん」
「あ、分かります。私も小学校の頃から算数大嫌いでしたし」
「うちも。数式とかグラフとか図形とか、見るだけで頭痛くなってくるわ」
果歩と竹乃はにこにこ笑いながら打ち明ける。
「じゃあなんでこの中学に来たのか、というか入試突破出来たのか摩訶不思議だなん」
横嶋先生はくすっと笑う。彼はこのあともしばらく、自身が小学生の頃に遊んだゲームソフトの思い出話を四人に語ってあげた。その時の彼の表情は、おもちゃに夢中になっている幼い子どものように、とても生き生きとしていた。
六時間目終了は午後二時五〇分。そのあと帰りのホームルームがあり、放課後に掃除が行われる。四、五人ごとのグループ全八班に分かれ、うち四班が当番に当たる。つまり二週間ごとに当番が回ってくるような仕組みになっている。当番以外の生徒はそのまま自由解散だ。
帰りのバスの中で、
「しーちゃんとみっちゃんは、どの辺に住んでるの?」
 果歩はこんな質問をした。
「あの灘中高の最寄り駅、JR住吉駅の近くや」
「わたしも、栞ちゃんちのおウチのすぐ近所なの」
「住吉か。うちんちと果歩んちからそう遠くはないな。光子と栞も、これから、うちんち寄ってかへん?」
「いいのですか? 竹乃ちゃん」
「いきなり押しかけて迷惑にならんかな?」
「遠慮せんといてや。うちの母さんは大歓迎してくれるよ」
 そんなわけで、栞と光子も竹乃宅へ。
「うわー、でかいお屋敷。すげえ立派や」
「素晴らしい日本家屋ね。住んでみたいな」
 栞と光子は圧倒されていた。
「ねえねえ、タケノン、写真撮ってもいい?」
「もちろんええよ」
「よっしゃ!」
 栞はやや興奮しながら、このおウチの外観をスマホのカメラに何枚か収めた。
「母さん、ただいまーっ」
 竹乃がガラリと戸を引くと、松恵お母さんはすぐに玄関へ駆け寄ってくる。
「おかえり竹乃……あら、今日は果歩ちゃん以外にも、お友達お連れしとんやね」
 栞と光子の方へちらり目線を向ける。
「この子たちは、今日知り合ったばかりなんよ」
「はじめまして、竹乃ちゃんのおばさま。わたし、魚井光子と申します」
「どうも、こんばんはーっ。ワタシは二星栞でーす」
 二人はぺこんと一礼して、松恵お母さんにご挨拶した。
「栞ちゃんに、光子ちゃんか。こちらこそよろしくね」
 松恵お母さんは嬉しそうに微笑む。
「二人ともめっちゃ頭いいねんよ」
「やっぱり。見るからに賢そうだもん。栞ちゃん、光子ちゃん。離れには駄菓子屋さんがあるわよ」
「タケノンのおウチってお店をやってたんか。駄菓子屋さんとはこれまた今時珍しい」
「わたし、お店の中をご拝見したいです」
「こちらへいらっしゃい」
 松恵お母さんは二人をそこへと招く。果歩と竹乃は先にお部屋へ。
「おう! なんかええなぁ、このレトロな感じ。タイムスリップした気分や」
「わたし、こういう雰囲気のお店に入ったのは生まれて初めてかも」
武貞駄菓子店へ入った二人、店内をぐるりと見渡す。
「閉店時間は過ぎてるけど、遠慮せずごゆっくり見ていってね。駄菓子だけじゃなく、昔の玩具もいっぱいあるわよ」
 二人は食い入るように商品棚を物色し始めた。
「竹とんぼに、メンコに、ゼンマイ式のミニカー……今ではあまり遊ばれないおもちゃがたくさん売られてますね」
「あっ、これ、南京玉すだれに使うやつやね」
 光子と栞は物珍しそうに玩具をいくつか手に取って眺める。
「わたし、キャラメルと丸メンコと角メンコ。それと、このブリキのお人形さんも欲しいです」
「ワタシは、フーセンガムとラムネとニッキ水買おうかな」
 二人ともいつの間にか、小学生時代に戻ったような気分に浸っていた。
「光子ちゃんの分は百二十円、栞ちゃんの分は百七十円だけど、お代金は結構よ」
「いえいえ、支払いますよ。これも駄菓子屋さんの醍醐味ですので」
「どれ買っても安いってのがええね」
 二人は財布から百円玉をそれぞれ二枚ずつ取り出し、松恵お母さんに手渡す。
「はーい、おつりよ。どうもありがとう」
 松恵お母さんが二人に手渡したのは、硬貨ではなく表面に国会議事堂のイラストが描かれた紙幣だった。
「おう、すげえ。十円札だ、レアアイテムや。おばさん、こんな貴重な物を頂いてお礼言うのはこっちの方ですよ」
「わたし、このお札は写真以外では初めて目にしました。大切に保管します」
こうして店内の雰囲気を十分満喫した栞と光子も、竹乃のお部屋へ。
「あっ、カメ飼っとうやん」
「かわいい。これはイシガメさんね」
中へ入るとすぐさま水槽があることに気付いた。
「この子はメスやねんけど、メロンパンスケって名前なんよ。果歩が名付けてん」
「ひなたぼっこしている姿がなんとなくメロンパンの形に似てたから」
 果歩はにこにこしながらちょっぴり照れくさそうに打ち明ける。
「カホミンのネーミングセンス、なかなかやね」
「こんにちは、メロンパンスケ君」
 光子は少し屈んで微笑みかけた。一目惚れしたらしい。
「うちんちの駄菓子屋さん、どうやった?」
「めちゃめちゃ雰囲気よかった。ワタシ、リピーターになりそう」
「わたしもとっても気に入ったよ。昔のおもちゃって、何か不思議な魅力を感じるよね」
「そりゃよかったわ」
「あの、竹乃ちゃん。わたし今思いついたんだけど、わたしたち四人で〝昔遊び同好会〟というものを作ってみませんか?」 
 光子は唐突に提案した。
「おう、そりゃええやん。これで部活も決まるし。うち、今でもたまに昔のおもちゃで遊ぶしちょうどええわ」
「私も大賛成! とっても楽しそうだ」
「そういや小学校の時、そんなクラブあったような気がする。ワタシももちろん会員になるよ。新同好会の設立になるね」
 彼女の提案に、三人とも乗り気。
「活動内容はその名のとおり、昔のおもちゃで遊ぶような感じなんかな?」
 竹乃は光子に質問した。
「基本的にそうなるわね。ただ、駄菓子屋さんで売られてる昔のおもちゃだけでなく、貝殻とか草花とか自然の物も使って、昔の遊びを全般的に楽しもうというコンセプトでいこうと思うの」
「あっ、けど新しく設立するってことは、顧問の先生もつけんとあかんよな。誰がなってくれる先生はおるんかな?」
「それなら、楞野先生に頼めばいいかな」
栞は意見する。
午後六時半過ぎ、三人が帰り支度をしているさい、
「お夕飯が出来たわよ。よかったらみなさんもどうぞ」
 松恵お母さんが竹乃のお部屋の襖をそっと引いた。
「わーい、おばちゃんありがとう」
「おばさま、そこまでしていただけるなんて、かたじけないですよ」
「そやそや。ワタシもミツリンも、今日知り合ったばかりなのに」
 果歩はかなり喜んでいたものの、光子と栞は申し訳ない気分になっていた。
 ところが、
「ついついたくさん作りすぎちゃって。今夜は三田牛のすき焼きと、明石鯛の生き作りも作ってみたの」
 松恵お母さんからそのことを告げられると、
「三田牛に明石鯛の生き作り!? くっ、食いたい!」
「それじゃあ、わたしもせっかくなのでお言葉に甘えて」
二人の表情は急にほころんだ。そしてスマホのメールでおウチの人に今夜は夕飯はいらないという主旨を伝えた。
果歩も同じくスマホだが、口頭で夏美お母さんに伝えた。
「あっ!」
食事部屋、つまりお茶の間へ向かう途中にある一階廊下で、栞はあるものに気付いた。
「ダイヤル式黒電話やーっ。ワタシ、実物は資料館とかでしか見たことがなかったよ」
「わたしも」
 光子は黒電話を手で触れて、感触を確かめてみた。
「うちんちではずっとこれ使っとうよ。うちはスマホ持っとうから今は使ってないけど」
「竹乃も中学生になったことだし、携帯電話くらいは持たせなきゃって思ったの。そこは現代思考よ」
松恵お母さんは台所、他の四人はお茶の間へ。
「あっ、これは、もしかして」
「またレアなの発見」
光子と光子は昭和時代に造られたっぽいダイヤル式テレビが置かれてあるのを見つけた。
「うちんち、完全に地デジ化されるまではこれ使っとってんよ。名残惜しいから、テレビ自体は捨てずに置いとんよ」
 竹乃はそう伝えて、そのテレビすぐ横にある、今使っている三二インチ薄型テレビの電源を入れた。
「やっぱ時代の流れには逆らえないんやね」
 栞は少し寂しそうに呟いた。
「みなさん、どうぞ召し上がれ。この鯛は今日の昼過ぎに明石で水揚げされたばかりよ」
他にもたくさん、お皿に盛られたとっても美味しそうな松恵お母さんの手料理の数々が、円形のちゃぶ台の上に運ばれてくる。これも、今では珍しくなってしまった。けれどもこのおウチでは今でも現役でご活躍されている。
このおウチに置かれてあるたくさんのレトロアイテム、たびたび訪れる果歩はどれも見慣れていた。
「おばちゃん、ごちそうさまーっ。私のお母さんのお料理よりずっと美味しかったよ」
「ごちそうさまでした。おばさまのお料理、プロ顔負けですよ」
「タケノンのおばさんの料理の腕前は天下一品やね。それではワタシたち、これ以上居座るのはさすがに迷惑と思いますので、お暇しますね」
「ふふふ、照れるわ。みなさん、ついでに、お風呂も入っていかない?」
「みんなどうぞ遠慮せずに。ここは露天風呂になってるんよ」
 松恵お母さんも竹乃も、三人に強くお勧めした。
「入る、入るぅーっ」
「そうやねえ。汗かいちゃったし」
「わたしも、せっかくの機会なので入らせていただきます」
 三人ともあっさり誘惑に負けた。というより果歩は始めから入る気満々だった。
竹乃のおウチでは、かつて旅館も経営していた頃の名残があり、露天風呂が備え付けられていた。今はもう使われていない客室もまだ残されている。
三人はわくわくしながら脱衣場へ。脱いだ服は竹製のカゴに入れるようになっていた。光子のメガネもここに置く。
「しーちゃん、けっこうお胸あるね。たけちゃんのより大きいかも」
 果歩は羨望の眼差しで栞の胸元をじっと見つめる。
「そっ、そんなにないって」
 栞は遠慮がちに答えた。
「いいなぁ、しーちゃん」
 果歩は栞に背中側から抱きつき、胸にタッチ。
「あんっ! もうカホミン、くすぐったいからやめてーな」
「スキンシップ、スキンシップ」
 栞は嫌がりつつも、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。
「果歩ちゃん、栞ちゃんのお胸はマシュマロみたいにふわふわしててとっても触り心地いいでしょう? わたしと果歩ちゃんは、貧乳仲間ね」
 光子は恥ずかしいからなのか、タオルをしっかり巻いて胸を隠していた。
「たけちゃんちのお風呂、私しょっちゅう入りにくるんだ」
 果歩は自分専用のお風呂セットをここにも置いていた。洗い場に備えられてあった風呂イスにちょこんと腰掛け、シャンプーハットを被る。
「ちょっと恥ずかしいんだけどね、私、これがないとシャンプーできないの」
「カホミン、ほんまに幼稚園児みたいで萌える! ワタシがシャンプーしてあげるよ」
「あっ、ありがとうしーちゃん」
 栞は果歩の後ろ側にひざまずいて座った。ポンプを押して泡を出し、果歩の髪の毛をゴシゴシこする。
「カホミンの髪の毛、めっちゃサラサラや。触り心地めっちゃ気持ちええ」
「お母さんにもよく言われてるの♪」
 果歩はとても嬉しがっている。
栞は果歩のことを、自分の妹のように感じていた。シャワーをかけて、そっと洗い流してあげる。
「あっ、あのう、栞ちゃん、次、わたしの髪の毛も洗ってね」
「OK.ミツリン」
 光子は果歩のことを羨ましく思ったみたい。彼女もおねだりしたのであった。
「気持ちいいーっ。たけちゃんちのお風呂はいつ入っても最高だーっ」
「あー極楽や。おウチに露天風呂があるってうらやましいな」
「とっても快適。竹乃ちゃんのお肌が白くてきれいな理由がよく分かるよ」
 夜空に広がる満天の星空を眺めながら、三人はゆったり湯船の中でくつろいだ。

       ☆

 週明け月曜日の朝、七時半頃。
「かほ、早く起きなさい!」
「果歩、起きや!」
「お母さん、たけちゃん、眠いよー」
 いつもの朝の攻防が繰り広げられる。栞と光子は、いつも八時前には学校に着いているということで、朝いっしょに登校することは断念したのだ。
 朝のホームルーム終了後、光子が楞野先生にお願いすると、
「昔遊び同好会の顧問に? ニュータイプな同好会ね。もちろんOKよ。あとは生徒会長さんの許可が下りるといいわね」
楞野先生は少しきょとんとしながらも、快く引き受けてくれた。
今日は、身体測定が行われる。
この学校の生徒証にはICチップも埋め込まれており、それぞれの計測データは測定器のそばに備え付けられてある専用読み取り器にかざすことで、コンピュータに自動的に記録されるようになっていた。
 まずは身長と体重。果歩は身長を計測する際、大きく背伸びをして目盛が書かれた部分に背中を引っ付けた。
「安福さん、お気持ちは分かりますけど、小学生みたいなことは止めましょうね」
「はーぃ」
 保健室担当の先生に頭をペシッと軽く叩かれ、優しく注意された果歩。しょんぼりしながら足裏を地にぺたりとつける。
「一三九センチね」
(よかった。去年よりは三センチ伸びてる)
体重はもちろん秘密。続いて座高、聴力。そして最後に視力検査が行われた。
教室へ戻る途中、四人は結果を話し合う。
「私、右目1.5で、左目1.2だったよ」
「うちは両目とも2.0やった」
「カホミンも視力かなりいいけど、タケノンはさらにすげえな。ワタシ、ゲームし過ぎて数年前からちょっと近視になってもとう。右0.8、左0.7や」
「わたしも、メガネで分かる通り近視なの。本の読み過ぎが原因なのかな?」
今日も四人、椅子を寄せ合いお昼ご飯を食べて、五、六時間の授業を受けて放課後。今週、四人は理科室掃除の担当だった。
「たっ、たけちゃん、中学の理科室にも人体模型が置いてあるよ。すごく怖い」
 果歩は準備室に飾られてあったそれを指差して、びくびく震えていた。
「よう出来とうな」
 竹乃はその模型の頭蓋骨部分をペシペシ叩く。
「たっ、たけちゃん、呪われちゃうよ」
 果歩はその模型を見ないように、見ないように目をそらして通り過ぎ、理科室内へ。
「わあ、中学の理科室って設備がすごいね」
「見たことない薬品とか、実験器具がいっぱい置いてあるな」
 果歩と竹乃は室内をきょろきょろ見渡す。
「あっ、あんなもんまであるやん。ちょっと待ってて。ええもん作ったる」
 竹乃はガラス棚の中から二〇〇ミリリットルビーカーを数個、絵の具セット、洗濯糊、ホウ砂を取り出した。次に水道の蛇口をひねり、ビーカーに水を入れた。そして黄緑色の絵の具、洗濯糊、ホウ砂を順に入れて割り箸でかき混ぜた。
「ほら見て、あっという間にスライム君」
 竹乃は手にぶら下げて三人に見せる。
「すごーい。たけちゃんの手作りスライムだ」
「ワタシ、ド○クエのじゃなくリアルなスライム見たの、小学生の頃に図工の授業で作って以来や」
「竹乃ちゃん、配合の仕方とっても上手だね」
「うち、理科は苦手やけどこういうのはめっちゃ得意なんよ」
 竹乃は自信満々に語る。他の三人もスライム作りにチャレンジしてみた。
「やっぱ難しい。竹乃ちゃんみたいに上手に出来ないよ。ベトベトになっちゃう」
「ワタシも全然あかんわ。でもすごい楽しいな」
「黄色入れるとレモン味のグミみたいで美味しそう」
 果歩はビーカーを口に近づけた。
「カホミン、ホウ砂は体に毒なんよ」
 栞は果歩のおでこにピッと指差して優しく注意。
「分かってる。私が幼稚園の頃、スライム齧ってたらお母さんにめちゃくちゃ叱られたことあるからね。食べ物じゃありませんって。今度は、赤色を入れてみよう」
 果歩が照れくさそうに言った次の瞬間、掃除時間終了を知らせるチャイムが鳴った。
「あっ、結局掃除やらないまま終わっちゃったね」
「うちがスライム作ったせいで、ゴメンな」
「まあまあタケノン、別にええんとちゃう。どうせ見回りにはこんやろし」
「わたしたちがやらなくても、あとで化学部の子たちがやってくれるから」
 光子はさらっと告げる。
「あっ、あいつにはエサやらんと。これだけは忘れたらやばい」
栞はふと思い出し、十メートル近く離れた隅の方を指差した。そこには中型の水槽が置かれてあった。
「きゃっ!」
 竹乃は水槽内にいた生き物を目にした途端、思わず仰け反った。視力のいい竹乃はこの場所からでも形状がはっきりと分かったのだ。
「あの子はアフリカツメガエルなんよ。ジュンペイって名付けられとうねん」
他の三人は水槽に近づく。
「ジュンペイくんって言うんだ。ひょっとして、平べったいからかな?」
 果歩はその子に視点をじっくり合わせながら栞に尋ねた。
「そうそう。第一印象」
「うちのメロンパンスケと同じやな」
 竹乃はその子に目を合わせないようにして呟く。
「たけちゃんは、ジュンペイくんは苦手なんだね」
「うん。アマガエルとかは好きやねんけど、これは模様がちょっとな」
「ワタシはかわいいと思うねんけどなぁ」
「この子は生物学で、遺伝分野の学習の手助けになってるの。竹乃ちゃんも好きになってあげてね」
「そうやっ! この子とお友達になるための第一歩として、タケノンがエサをやってや」
「えーっ」
 栞は嫌がる竹乃に詰め寄り、この子のエサとして日頃から与えられている〝市販の熱帯魚のエサ〟を手渡した。
「しゃあないなぁ。やってみるよ」
 竹乃もしぶしぶ水槽に近づき、ジュンペイから視線をそらしながら水槽にエサを落とした。するとすぐさまこの子はエサに食らいついてきた。
「ん? こいつって、こんな風にエサを食べるんか」
 竹乃は気になったのか、ちらりと目を向けてみた。
「なっ、かわええやろ? シャベルみたいで」
「うっ、うん。ジュンペイくん、偏見持ってごめんな」
 竹乃はこの子に視線を合わせた。好きになれたみたいだ。
 エサやりも済ませ、理科室をあとにする。そして四人で生徒会室へと向かう。新同好会申請のためだ。
「昔遊び同好会か。珍しいのを考えたね。もちろんOK大歓迎よ。活動頑張ってね。かわいい新入生さん」
 三年生の生徒会長は即、承認してくれた。
これにより、『楠羽女子中・昔遊び同好会』が正式に発足。
同好会長は竹乃が務める。
「まずはどんな活動からしよっか?」
 果歩は三人のメンバーに問いかける。
「とりあえず、自然の材料を取りに、裏庭へ行きましょう」
 光子は提案した。
 こうして四人は裏庭へ。
「あっ! カラスノエンドウだーっ」
 果歩は花壇の脇に植わっていたそのお花を見つけると、吸い寄せられるように駆け寄った。
「これでお笛作ろう。あっ、でもどうやって作るんだったっけ?」
「果歩、貸してみい」
 竹乃は実の中に入ってある豆と綿をきれいに取り除き、ヘタの方を爪で切り取った。
「ほら、これであっという間にピーピー笛の出来上がりや」
「たけちゃんすごーい!」
「これも昔からある遊びの一種だね。同好会最初の活動になるね」
「タケノン器用やな。スライムも簡単に作ってたし」
 栞と光子もチャレンジしてみた。
「おう、めっちゃ簡単やん。音出たよ」
「自然の遊びはお金を使わず手軽に楽しめるのがいいよね」
スライムとは違って、二人とも上手く作ることが出来た。
「うちが一曲演奏してみるな」
 竹乃はピーピー笛を口にそっとくわえ、音を出す。
「たけちゃんすごい上手!」
「やるな、タケノン。1オクターブは使い分け出来とうな」
「竹乃ちゃん、さっきは『ゆりかごの歌』だね。素敵」
 三人は竹乃の出した見事な音色に耳を傾ける。
「お姉ちゃんすごーい!」
「もう一回吹いてーっ」
「もっと聞きたいです」
 すぐ後ろフェンス越しに、下校中の小学生たちも聞き入っていた。行儀よく体育座りをして。
「ええよ」
 竹乃は気前よく吹いてあげた。
「それ、どうやって作るのですか?」
 一人が好奇心旺盛に質問してきた。
(今時の子って、ピーピー笛作ったことない子も多いんかな?)
竹乃は作り方も快く教えてあげた。
「ありがとう、ピーピー笛のお姉ちゃん」
「どういたしまして。ソプラノリコーダーもええけど、これもまたいい音色出せてええもんやで。お嬢ちゃんたちも頑張って音出しや」
 小学生たちは、ピーピー笛を不器用に吹きながら帰り道を進んでいく。
「三年生くらいかな? うちらにもあんな頃があったなぁ」
「小学生って無邪気でかわいいよな。ワタシも戻りたい」
四人はその様子を、ほのぼのと眺めていた。
いつの間にか時計の針は六時頃を指し示していた。
「そろそろやな。カホミン、タケノン、面白いもん見せたるよ」
 栞はそう伝えて、校舎から体育館へ繋がる二階渡り廊下へ案内する。
「ここからこっそり覗いてみぃ」
 栞は小声で告げ、裏門のある北側を指し示した。果歩と竹乃はさっそくのぞいてみた。
「あっ、横嶋先生だ」
「誰か待っとうみたいやな」
 その場所から三十メートルほど離れた所に、横嶋先生が辺りをきょろきょろ見渡しながら立っているのが見えた。
それからほどなくして、そこに自動車が止まった。そして中から、女の人が降りて来た。
「すごい高級外車やな。あの人、ひょっとして彼女、いやちゃうわ。六〇過ぎくらいやし。もしかして、あいつの母さんか?」
「その通りなんよ。よこしまはな、毎日ママに送り迎えしてもらっとんよ。このことは本人ナイショにしとうみたいやけど、この間、忘れ物取りに戻ったら偶然見ちゃってん」
「横嶋先生は、今でもお母様から門限が夜七時って決められてるらしいの。たまに職員会議が長引いて帰りが遅くなりそうな時は、お母様が会議室に乗り込んで来て無理やり連れて帰らせるの。そのことを当然のように知ってる他の先生たちが言いふらしてるからね」
「なんせ、よこしまは芦屋のお坊ちゃんやからね。あの六麓荘に住んどんよ」
「ほんまか?」
 竹乃はくすくす笑い出す。
「いいなぁ、お母さんが迎えに来てくれるなんて」
 果歩は羨ましそうに、お車に乗せられる横嶋先生を眺めていた。
「そうかな? うちは絶対嫌やわ」
 これにて果歩と竹乃、横嶋先生の知られたくない秘密を知ってしまった生徒として、新たに加えられることになった。