捨てられた悪役はきっと幸せになる

「私、聞いてました」

 赤いドレスの女性がヴィヴィアとシシリアの間に入る。
 ココアベージュのふんわりとウェーブがかかった髪に碧眼を持ったやや眼力の強そうな女性であった。

「お二人が何の話をしていたのか」

 ちらりと女性はシシリアの方を見た。

「何よ、人の会話を勝手に聞くなんてマナーのなってない方ね」
「申し訳ありません。私、目が悪くて……パーティーで眼鏡をかけるわけにもいかず、夫人を見失いたくないばかりに近寄ってしまいました」

 ただゴーヴァン公爵夫人に挨拶したかっただけなのですがねと彼女はため息を吐いた。
 眼力の強そうに見えたのはただ目を凝らしていただけだったのかもしれない。

「それより話の内容ですが、夫人は決して学園の話に嫉妬してルフェル嬢を突き飛ばしたわけではありません。どっちかというと嫉妬していたのはルフェル嬢の方でしたし」
「なっ……」

 シシリアは顔を真っ赤にした。

「私が見たところ、ルフェル嬢が無礼にも夫人の腕を掴んで引っ張って勝手に転んだだけです。うーん、突き飛ばした? 突き飛ばしたとしてもあんな乱暴に突然掴まれたらびっくりしてしまいますし」

 何なのよ、この女。

 シシリアは女性の顔を睨みつけて、どこの誰なのかと頭をこらした。

「私が嘘を言っているというの」

 シシリアが嘘を言うはずがない。

 いつもであれば、野次を飛ばして後援してくれる貴族令息たちがいたはずだった。
 それなのに一向にその気配はない。
 シシリアは彼らの方を見つめたが、彼らはびくりと震えて目をそらした。
 シシリアのパートナー、アドルフ・ガゼルも何も言えずにいた。何故なら二人がどのような会話をしていたか実際に聞いていない。聞いていないのに、ここでシシリアの方を庇う真似ができない。

「勝手に乱入してきて、あなたは誰なの?」
「まぁ……」

 女性はぱらりと扇を広げた。

「さすがに人に名前を尋ねるにはちょっと……ルフェル子爵家の教育はどうなっているの?」

 ちらりとヴィヴィアの方を見つめる。
 ヴィヴィアは困ったように笑った。

「わかりました。ここは私が大人になりましょう」

 困った子だと言わんばかりの言葉にシシリアはますます不機嫌になった。

「はじめまして。私はエレノア・シャルコットです」

 エレノア・シャルコット――シャルコットという名前を聞いてさすがのシシリアも頬をひきつらせた。


 この国、ブライト王国には四つの公爵家が存在する。

 太陽のゴーヴァン、海のリオネス、陸のコンスタン、光のシャルコット。

 四大公爵家のひとつ、シャルコット公爵家の令嬢である。

 そして、もうひとつの肩書を彼女は持っていた。

 リチャード王太子の婚約者。
 まだカリバー王立学園に在籍する学生の身であり、卒業後に結婚する予定である。

 学業に専念する為に、年に2回開催されるパーティー以外の社交界には顔を出していなかった。

 相手が相手なだけ、さすがのシシリアも場つの悪そうな表情をしていた。
 ゴーヴァン公爵夫人のヴィヴィアは実家で見下していた姉でありシシリアの好きにできるという思い込みがあった。

 だが、エレノア・シャルコットは違う。
 生まれも育ちも生粋の高位貴族、未来の王太子妃であり将来の後宮の主である。

 社交界で活動するのであれば彼女の恨みを買うことなど愚か者のすることだ。

 余程、エレノア・シャルコットに非がない限りは勝ち目などない。

「さて、あなたが倒れる直前に夫人に言った言葉をそのまま演じましょうか」
「わ、私ったら勘違いしてしまったようです。ごめんなさい、お姉様」

 シシリアはにこりとほほ笑んだ。
 ちらりとアドルフ・ガゼルの方へ振り向き、彼はそそくさとシシリアに手を差し伸べた。
 パートナーに支えられて立ち上がったシシリアは両手でカーテシーを行い一同に謝罪した。

「私の勘違いであらぬ騒動を起こしてしまいました」

 謝罪の言葉を言いながら、一同は「勘違い」を繰り返して言いながら解散していった。

「何だかのどが渇いてしまったわ」
「疲れているだろう。休憩室で飲み物を飲もうか」

 甘える仕草のシシリアの言葉にアドルフは顔を赤くして、彼女を休憩室へと案内した。

 助かった。

 ヴィヴィアはほっと安堵した。

「大丈夫ですか、夫人」

 彼女の傍に残っていたエレノアは声をかけてきた。

「ええ、ありがとうございます。シャルコット令嬢」
「これで盗み聞きした無礼を許していただけますか?」

 お茶目な表情でほほ笑む彼女は先ほどの雰囲気と違う。

「私、あなたに会いたいと思っていました。あの、クリスが無理やり結婚を迫った女性がどのような方なのか興味があり」
「光栄です」
「私は赤色が好きなのよね」

 突然の言葉にヴィヴィアは首を傾げた。

「あなたの赤い髪、とっても綺麗ね」

 彼女の言葉にヴィヴィアは顔を赤くした。

 両親ですら自分の容姿を褒めてくれなかったというのに。
 赤い髪が卑しいと、髪の色を染められていた時期もあったのを思い出した。

「ヴィヴィア」

 クリスが慌ててヴィヴィアの方へかけつけてくる。

「大丈夫ですか?」

 心配そうに尋ねる彼にヴィヴィアは微笑んだ。

「ええ、騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません」
「あなたが謝る必要はありません。全く……帰ったらルフェル子爵家にペナルティーを科すことにします」

 ぶつぶつと文句を言うクリスにヴィヴィアは苦笑いした。

「久々ね、クリス」

 二人の会話に入ってくるエレノアにクリスは微妙な表情を浮かべた。

「まぁ、何かしら。その微妙な顔は。妻のピンチに駆け付けられなかったあなたの代わりに助け出した私に向かってその表情は何かしら?」
「ああ、エレノア。妻を助けてくれてありがとう」

 微妙な表情を浮かべながらクリスはお礼を言った。

「それよりも夫人。私はあなたと仲良くなりたいの。今度お茶会に来ていただけないかしら」
「ヴィヴィアはとても忙しいので学生のあなたとお茶をする時間はしばらくありません」
「うわぁ、お茶をする時間もないなんてなんてブラックな夫なのかしら」

 二人のやり取りがおかしくてヴィヴィアは笑い出した。

「すみません。シャルコット令嬢、お礼を改めてしたいので是非お呼びください」

 エレノアと約束を交わして、ヴィヴィアはクリスに伴われて馬車へと向かった。