捨てられた悪役はきっと幸せになる


 国王謁見の列に辿り着くと、周りの貴族は遠慮して順番を譲ってくれた。
 彼らの中にはかつてヴィヴィアを嘲笑っていたものもいる。複雑な表情で体裁を整えていた。

 やっぱりクリスって高位貴族なのよね。

 この国、ブライト王国に4つしかない公爵の1人、国王の甥という尊い血筋であるのを改めて実感した。

「ゴーヴァン公爵夫人、よく参加してくれた。確か体調を崩されていたとか」

 貴族たちの好奇な視線の中、国王は朗らかに笑った。


 この国の王――ルキウス3世。


 内心なんと思っているかは不明だが、彼の声に特別いやらしさは感じない。

 結婚してからパーティー参加はしていなかったヴィヴィアが突然現れたのだから当然の反応だろう。

 貴族夫人であれば社交界に顔を出して活動することが大事な仕事のはずだが、クリスはそれをしなくていいと言っていた。

 どんな言い訳をしていたのか。
 いや、ゴーヴァン公爵であれば言い訳など不要だったかもしれない。

 様々な憶測すら意に介さず、常に堂々としていた。

 それの何が問題か。

 そう言わんばかりに。
 まさかそれを国王相手にもしていたりしないだろうか。

 少し不安になった。

 陰で言われていた内容はだいたい予測つく。
 差し障りのない方で探りをいれているのだろう。

「お恥ずかしながら環境の変化に戸惑っていました。ですが、星河祭という国家の大事なイベントに顔を出さないのはよくないと思いいたり、こうして陛下の元へ馳せ参じました。まだ至らぬ身の上ですが、どうか私めの挨拶をお受け取りください」

「はは、そう固くならずとも良い。クリスの妻など心労が絶えんだろう。こやつは頑固、融通が利かない、大人しいと思えばすぐに猪突猛進する悪い癖がある。最近は私につれないしぐさが多く寂しくてな」

 理想の花婿と呼ばれるクリスとは程遠い評価にヴィヴィアは困惑した。
 素直な反応がおかしくて国王はぷくくと笑っていた。

「陛下、挨拶したい貴族たちがつかえておりますので私たちはこれで」

「なぁ。やはりつれない」

 国王はクリスを指差して言う。

 パーティーの場、国王として存在しているがクリスの叔父としての姿を垣間見せてくれる。

「今日はありがとうございました。太陽の栄光よ、永遠に」

 き、緊張した。

 国王の謁見から離れてヴィヴィアはふーとため息をついた。

「挨拶している間に1曲終わったようですね」

 ダンスの中心にいた王太子とパートナーが拍手を受けているのが見えた。

 次の曲がはじまるまで、参加者たちが手を取り合いダンススペースへと集まっていった。

「ヴィヴィア、一曲どうでしょう」

 クリスはヴィヴィアの手を持ち上げて唇を近づけた。
 クリスの唇が触れた手の甲が熱くなるのを感じる。

「もちろん、疲れているならこのまま帰るのも構いません。家でのんびり星空を眺めるのも」

 そのために夜食も準備させているという。
 ここまで気を遣われてはヴィヴィアに拒否する気持ちは起きない。

「いえ、せっかくのパーティーです。一曲踊りましょう」

 手を取り合い、ダンススペースへと流れ込む。
 2曲目が流れた。

 実は踊りは得意じゃないけど。

 クリスがリードしてくれるから不安なく踊れる。
 はじめて会った頃を思い出す。

 大事にされているとわかる。

 おこがましいとわかるが、それでも自分の感情を偽れない。

 私は、クリスのことが好きだ。

 ヒロインと結ばれる未来があっても、今目の前にある彼との日々を大事にしたい。

 曲が終わり、ヴィヴィアはクリスに言った。

「素敵です。閣下とダンスしたいと願うレディたちがたくさんいるでしょうね」
「他の女性と踊りませんよ」

 いいえ、あなたは今夜はベザリーに出会う。

 彼女とダンスを踊るのはわかる。

 ほら、アルバート・ガエリエが近づいてきた。
 両手に飲み物を持っている。
 確か、小説では飲み物をクリスに勧めて、その間にベザリーが彼の元へ近づいて挨拶をする。

 彼女とのイベントが始まるのだ。

「閣下、お久しぶりです」
「ああ、ガエリエ卿の子か」

 ガエリエはこくりとうなずいた。

「閣下に是非挨拶をしたいというレディがおります。お時間をいただけないでしょうか」
「その令嬢はどこにいる?」

 今、ガエリエは1人である。

「人の目がありますので休憩室を準備しております」
「せっかくだが今は妻との時間を大事にしたい」

 クリスは横を見ると、ヴィヴィアの姿がないのに気づいた。

 ヴィヴィアは気配を消して、イベント進行の妨げにならないように席を外した。

「ヴィヴィア?」

「奥様もせっかくのパーティーで他の令嬢と交流したいのでしょう」

 クリスは訝しんだ。

「それで令嬢というのは今日のお前のパートナーか?」
「はい。ベザリー・モカ令嬢です。たいへん素晴らしい女性で閣下も気に入りますよ」
「そうか。あのレディにはいずれ会わなければならないと思っていたが」

 クリスは首を横に振った。

「やはり今はやめておこう。今は妻の側にいたい」
「そうですか」

 ガエリエは少し残念そうに呟いた。

「では、飲み物をどうぞ。一曲踊った後で喉を渇いているでしょう」

 ガエリエは右手に持つ飲み物をクリスに見せた。左手にあるのはヴィヴィアの為に用意したという。

 クリスがそれに手をつけようとしたが、横からかっさらう者が現れた。

「もらうぞ」

 了承を聞かずに喉を通したのはメドラウトだった。

「お前は」
「うまいぞ」

 味の感想を呑気に言うメドラウトにクリスは呆れた。

「これは賢者様」

 ガエリエは改めて頭を下げた。
 挨拶はそこそこに立ち去ろうとして、それをメドラウトは呼び止める。

「まぁ、待て」

 言うと同時に彼の鳩尾に右手を差し込んだ。
 手刀の形にして、かなり深くまで抉ったように見える。

「ぐぇ」

 ガエリエの情けない声が響いた。
 彼が持っていたもうひとつの飲み物が手から離れる。
 勿体無いとメドラウトは落ちそうになったグラスをキャッチした。

「よし、どうだ?」

 キャッチしたグラスの飲み物を口につけながらメドラウトは質問する。

「……」

 ガエリエは鳩尾を抱え込む姿勢をして左右に視線を向ける。
 冷や汗をかいていて、何か動揺しているようだった。

「疲れているようだ。今日は帰って寝ろ。後日学園長室に来るように」
「はい」

 ようやく口を開いたガエリエを心配してクリスは声をかけた。

「申し訳ありません、閣下。私自身よくわからず」

 震えた声で、何か病気でもかかったのだろうか。

「今日は休め。明日、学園長室じゃなくて私の執務室に来い」
「はい」

 ガエリエは礼をしてその場を離れた。

「何があった?」
「毒を盛られそうになっていたんだぞ。感謝しろ」

 メドラウトの言葉にクリスは目を点にした。

「は? え?」

 毒というのは今の飲み物か。

 というより何で飲んだ当人がけろりとしているんだ。

「教えて欲しければあの女と話をさせろ」

 そうくるか。

 クリスは眉根を顰めた。