ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人。
毒々しい程の赤い髪に、緑の瞳に生まれた彼女は生家からつまはじき者だった。
ルフェル子爵家では代々治癒魔術師を輩出する大家だった。
だが、ヴィヴィアの能力は治癒魔術とは程遠い毒魔術であった。
「あの容姿に相応しい、なんともおぞましい能力だ」
父母兄妹にこきおろされ、恥とされヴィヴィアは毒魔術を隠して無能力者として生きるように育てられた。
毒魔術師だと敬遠されるよりはましだと言われて。
無能力者としての立場もヴィヴィアにとっては屈辱であった。
社交界でも兄妹と比較され、バカにされて。
何度も婚約の話が来ても結局破棄にされる。
実は妹シシリアに姉ヴィヴィアの悪評を囁かれて辞退することを繰り返していた。
シシリアが辺境集落へ事前活動で不在の間も、お断りを入れられた。
結局ヴィヴィアに問題があるのだろうと父から責められた。
「嫁の貰い手もないなど」
父から言われる言葉は何度目だったか。
このまま嫁げなくても実家での居場所はない。
だからといって親が最後の選択として与えられたガストロ男爵の後妻は勘弁したかった。
彼の評判はヴィヴィアでも知っている。
女性への扱いが最悪だと。
彼に嫁いだ女性は暴力の末、命を落としている。彼が手を付けたメイドが変死体で見つかることもあった。
いっそ、身分もなにもかも捨てて逃げてしまおうか。
それでも知らない外の世界は恐ろしく、家を飛び出す勇気もなかった。
義務のように行かされる社交界。
相変わらずバカにされる日々、必要とされない日々。
「レディー、私と踊ってくれませんか?」
差し伸べられた手をみて、顔を上げると誰もが見惚れる美男子がいた。
絵に描いたような理想の王子。
太陽のように輝く黄金の髪、淡い湖を彷彿させる空色の瞳。何よりも整った顔立ち。
このような貴公子が自分に声をかけるなど何の催し物かと疑いたくなる。
「あ、はい」
逃げることもできず、ヴィヴィアは手を取った。
得意ではないダンス、相手が上手でうまくリードしてくれた。
「ま、なぜあんな無能女がゴーヴァン公爵に」
恨みがましい視線、ちらりと聞いた名前にさらに驚いた。
クリス・ゴーヴァン公爵!?
この国の若き公爵、国王陛下の甥でこの国1番の花婿候補だ。
どうしてこのような男が私に。
理由はすぐに知らされる。
ダンスが終わり、話があると休憩室へ案内された。
「私と契約結婚をしてほしい」
与えられた紙は事前に準備された契約書。
そこにびっちりと文章が書き込まれていた。
「私はそれほど結婚をする気がないのだが、独身のままだと王女と婚約させられる恐れがある」
社交界で噂されていること。
リチャード王太子と、ゴーヴァン公爵の対立に関してのことを思い出した。
国王には5人の子がいる。
王子が2人、王女が3人。
リチャード王太子は、クリスのことを疎ましく感じていた。
文武両道、若くして多くの功績を残し国王からの信頼が厚い。
クリスにも王位継承権があり、リチャード王太子は自分の地位を脅かすのではないかと不安なようだ。
何かと無理難題をふっかけてきてクリスはそれを解決してきた。
戦場へ無理にクリスを送り込み、それで長らくクリスは社交界に姿を見せることはなかった。
戦勝をおさめてはまた新たな戦場へ送られる日々。
クリスは着々と功績をおさめて地位を固めた。
決め手は隣国との戦場への派遣、クリスは見事に奪われた領土を取り戻し隣国とは有利な立場で条約を結んだ。
リチャード王太子はますます歯がゆく感じただろう。
そこにクリスと王女の婚約となれば、王はクリスを後継に望んでいるのではと不安になる。
クリス自身は王位を継承する気持ちはなく、リチャード王太子から一歩引いていた。
彼の不安を払拭するために王宮に対して力のない家門の令嬢と結婚しようとしたのだろう。
「私でいいのですか?」
無能力者、ルフェル子爵家の恥とされているヴィヴィアに公爵夫人が務まるか疑問である。
「ああ、治癒魔術の大家とはいえ大した権力のないルフェル子爵家の、それも無能力者を妻にする。王位を望む者の選択とは思えないだろう」
「なら、妹はどうでしょう。先日、カリバー王立学園に推薦合格しました。辺境集落の疫病を食い止めた聖女ですよ」
「あ、聖女は結構です」
間髪容れずの拒否であった。
「聖女だと何か企んでいると思われそうですし、シシリア嬢は父母から溺愛されていて何かと我が家門にちょっかいかけてきそうですし」
確かにありえるかもしれない。
ゴーヴァン公爵家と縁戚になるから、ここぞと父は利用しようとするだろう。
「その点、あなたは一家のお荷物と呼ばれており、引き取る代わりに黙ってろと一喝しやすいので丁度いいです」
グサグサ
胸が刺さる音がする。
ヴィヴィアが何かと気にしていることをここまで言うなんて。
彼がヴィヴィアに契約結婚を求める意図が分かったものの、素直に喜べない。
「あなたに望むのは妻として存在することのみ。公爵夫人の仕事はしなくていいです。社交界への参加も不要です」
「わかりました」
ヴィヴィアは観念して契約書を読んだ。
どうせこのままだとガストロ男爵の後妻にされてしまう。
ある程度安全を保証してくれる彼の方がましだろう。
身分を考えたらありがたく思うべきだろう。
「ちなみにこの夫婦生活についてですが」
契約結婚なら不要なのでは?
「そこは必要です」
クリスはすぐに説明した。
「まさか子作りもしていないと怪しまれてしまう。最低1人は作りましょう。男でも女でも生まれたら、後は自由に過ごせば良い。養育の手配はしますのであなたは子育てをする必要はありません」
王宮に対してたいした力を持たないルフェル子爵家の血筋の嫡男となれば王太子としてあまりに頼りない。
確かに、リチャード王太子からの疑惑をかわす材料になるだろう。
しかし、良い気分はしない。
「私に断る選択肢は」
その言葉に、クリスは両手を示した。
何を示しているのか。手のひらか。
「10万ベル」
それはかなりの額だった。
被扶養者のヴィヴィアには決して手の届かない額である。
「あなたの実家へ送った金額です。ご両親は快く承諾してくださいました」
いつのまにそんな話をしたのだ。
「そんな話、聞いてません」
今日も家族から嫌味を言われながら、婿探しをするように送り出された。
「ええ、あなたが出発した後に話を済ませました」
まさかこの短時間に話を終わらせてヴィヴィアの元へダンスを申し込んできたのか。
あまりの行動力が怖い。
「結婚した後に万が一、あなたの実家に悪用されても困りますのでね」
今後、結婚した娘を理由にゴーヴァン公爵家に出入りさせない措置であるという。
「私が拒否したらどうなりますか?」
「あなたに10万ベルを返還する義務が発生します」
ここで逃げ出せばヴィヴィアは借金もちになり、ゴーヴァン公爵家に取り立てられる。
ゾッとした。
なんて最悪なことだ。
最高の花婿候補が悪魔にしか見えない。
「わかりました。ですが、ひとつ確認をさせてください」
この時、今確認しなければいけない予感がした。
「何でしょう?」
これ以上何を求めるのだと時間の無駄のようにとれる態度を取られた。
「もし、あなたに愛する女性ができたら、その方と結婚したい時はどうなりますか?」
クリスは首を傾げた。
そんなことは起きえないと言わんばかりの表情だ。
「そうですね。あなたに愛人ができても構いませんが、それは子供を作ってからにしてほしいので追記しておきましょう」
なんだか機嫌の悪い声になったような気がした。
「私は閣下のことで言っています。答えてくれないなら私はサインをしません」
仮に10万ベリの借金を背負っても、過酷な労働に追いやられようともこれは引いてはいけない。
「その時は離縁しますが、10万ベリの返還義務はなしにしてください」
真剣な面持ちで言うヴィヴィアにクリスはやれやれと肩を揺らした。
「わかりました。そうしましょう。私の都合で離縁になる場合は、10万ベリの返還義務はなし、生活費用の援助もしましょう」
「子供の親権は」
「それは公爵家のものです」
譲る気配のない言葉にヴィヴィアはため息をついた。
「では、子供の待遇は本人が拒否しない限りは跡取りとしてしっかりさせてください」
何故生まれてもいない子の心配をしないといけないのかわからなかった。
でも、公爵の都合で離縁させられて子供と離れ離れになる場合、子供の権利は明確にした方がいい。
「いいでしょう。そのほかに希望がありましたら言ってごらんなさい」
ヴィヴィアの要求を聞いてやる。
だから結婚後にあれこれ文句はいうな。
彼が言いたいことを感じ取る。
「これで十分です」
子供の待遇についての追記分をみてようやくヴィヴィアはサインをした。
こうしてヴィヴィアは、ゴーヴァン公爵夫人となった。
多くの好奇と嫉妬の視線にさらされながら。
毒々しい程の赤い髪に、緑の瞳に生まれた彼女は生家からつまはじき者だった。
ルフェル子爵家では代々治癒魔術師を輩出する大家だった。
だが、ヴィヴィアの能力は治癒魔術とは程遠い毒魔術であった。
「あの容姿に相応しい、なんともおぞましい能力だ」
父母兄妹にこきおろされ、恥とされヴィヴィアは毒魔術を隠して無能力者として生きるように育てられた。
毒魔術師だと敬遠されるよりはましだと言われて。
無能力者としての立場もヴィヴィアにとっては屈辱であった。
社交界でも兄妹と比較され、バカにされて。
何度も婚約の話が来ても結局破棄にされる。
実は妹シシリアに姉ヴィヴィアの悪評を囁かれて辞退することを繰り返していた。
シシリアが辺境集落へ事前活動で不在の間も、お断りを入れられた。
結局ヴィヴィアに問題があるのだろうと父から責められた。
「嫁の貰い手もないなど」
父から言われる言葉は何度目だったか。
このまま嫁げなくても実家での居場所はない。
だからといって親が最後の選択として与えられたガストロ男爵の後妻は勘弁したかった。
彼の評判はヴィヴィアでも知っている。
女性への扱いが最悪だと。
彼に嫁いだ女性は暴力の末、命を落としている。彼が手を付けたメイドが変死体で見つかることもあった。
いっそ、身分もなにもかも捨てて逃げてしまおうか。
それでも知らない外の世界は恐ろしく、家を飛び出す勇気もなかった。
義務のように行かされる社交界。
相変わらずバカにされる日々、必要とされない日々。
「レディー、私と踊ってくれませんか?」
差し伸べられた手をみて、顔を上げると誰もが見惚れる美男子がいた。
絵に描いたような理想の王子。
太陽のように輝く黄金の髪、淡い湖を彷彿させる空色の瞳。何よりも整った顔立ち。
このような貴公子が自分に声をかけるなど何の催し物かと疑いたくなる。
「あ、はい」
逃げることもできず、ヴィヴィアは手を取った。
得意ではないダンス、相手が上手でうまくリードしてくれた。
「ま、なぜあんな無能女がゴーヴァン公爵に」
恨みがましい視線、ちらりと聞いた名前にさらに驚いた。
クリス・ゴーヴァン公爵!?
この国の若き公爵、国王陛下の甥でこの国1番の花婿候補だ。
どうしてこのような男が私に。
理由はすぐに知らされる。
ダンスが終わり、話があると休憩室へ案内された。
「私と契約結婚をしてほしい」
与えられた紙は事前に準備された契約書。
そこにびっちりと文章が書き込まれていた。
「私はそれほど結婚をする気がないのだが、独身のままだと王女と婚約させられる恐れがある」
社交界で噂されていること。
リチャード王太子と、ゴーヴァン公爵の対立に関してのことを思い出した。
国王には5人の子がいる。
王子が2人、王女が3人。
リチャード王太子は、クリスのことを疎ましく感じていた。
文武両道、若くして多くの功績を残し国王からの信頼が厚い。
クリスにも王位継承権があり、リチャード王太子は自分の地位を脅かすのではないかと不安なようだ。
何かと無理難題をふっかけてきてクリスはそれを解決してきた。
戦場へ無理にクリスを送り込み、それで長らくクリスは社交界に姿を見せることはなかった。
戦勝をおさめてはまた新たな戦場へ送られる日々。
クリスは着々と功績をおさめて地位を固めた。
決め手は隣国との戦場への派遣、クリスは見事に奪われた領土を取り戻し隣国とは有利な立場で条約を結んだ。
リチャード王太子はますます歯がゆく感じただろう。
そこにクリスと王女の婚約となれば、王はクリスを後継に望んでいるのではと不安になる。
クリス自身は王位を継承する気持ちはなく、リチャード王太子から一歩引いていた。
彼の不安を払拭するために王宮に対して力のない家門の令嬢と結婚しようとしたのだろう。
「私でいいのですか?」
無能力者、ルフェル子爵家の恥とされているヴィヴィアに公爵夫人が務まるか疑問である。
「ああ、治癒魔術の大家とはいえ大した権力のないルフェル子爵家の、それも無能力者を妻にする。王位を望む者の選択とは思えないだろう」
「なら、妹はどうでしょう。先日、カリバー王立学園に推薦合格しました。辺境集落の疫病を食い止めた聖女ですよ」
「あ、聖女は結構です」
間髪容れずの拒否であった。
「聖女だと何か企んでいると思われそうですし、シシリア嬢は父母から溺愛されていて何かと我が家門にちょっかいかけてきそうですし」
確かにありえるかもしれない。
ゴーヴァン公爵家と縁戚になるから、ここぞと父は利用しようとするだろう。
「その点、あなたは一家のお荷物と呼ばれており、引き取る代わりに黙ってろと一喝しやすいので丁度いいです」
グサグサ
胸が刺さる音がする。
ヴィヴィアが何かと気にしていることをここまで言うなんて。
彼がヴィヴィアに契約結婚を求める意図が分かったものの、素直に喜べない。
「あなたに望むのは妻として存在することのみ。公爵夫人の仕事はしなくていいです。社交界への参加も不要です」
「わかりました」
ヴィヴィアは観念して契約書を読んだ。
どうせこのままだとガストロ男爵の後妻にされてしまう。
ある程度安全を保証してくれる彼の方がましだろう。
身分を考えたらありがたく思うべきだろう。
「ちなみにこの夫婦生活についてですが」
契約結婚なら不要なのでは?
「そこは必要です」
クリスはすぐに説明した。
「まさか子作りもしていないと怪しまれてしまう。最低1人は作りましょう。男でも女でも生まれたら、後は自由に過ごせば良い。養育の手配はしますのであなたは子育てをする必要はありません」
王宮に対してたいした力を持たないルフェル子爵家の血筋の嫡男となれば王太子としてあまりに頼りない。
確かに、リチャード王太子からの疑惑をかわす材料になるだろう。
しかし、良い気分はしない。
「私に断る選択肢は」
その言葉に、クリスは両手を示した。
何を示しているのか。手のひらか。
「10万ベル」
それはかなりの額だった。
被扶養者のヴィヴィアには決して手の届かない額である。
「あなたの実家へ送った金額です。ご両親は快く承諾してくださいました」
いつのまにそんな話をしたのだ。
「そんな話、聞いてません」
今日も家族から嫌味を言われながら、婿探しをするように送り出された。
「ええ、あなたが出発した後に話を済ませました」
まさかこの短時間に話を終わらせてヴィヴィアの元へダンスを申し込んできたのか。
あまりの行動力が怖い。
「結婚した後に万が一、あなたの実家に悪用されても困りますのでね」
今後、結婚した娘を理由にゴーヴァン公爵家に出入りさせない措置であるという。
「私が拒否したらどうなりますか?」
「あなたに10万ベルを返還する義務が発生します」
ここで逃げ出せばヴィヴィアは借金もちになり、ゴーヴァン公爵家に取り立てられる。
ゾッとした。
なんて最悪なことだ。
最高の花婿候補が悪魔にしか見えない。
「わかりました。ですが、ひとつ確認をさせてください」
この時、今確認しなければいけない予感がした。
「何でしょう?」
これ以上何を求めるのだと時間の無駄のようにとれる態度を取られた。
「もし、あなたに愛する女性ができたら、その方と結婚したい時はどうなりますか?」
クリスは首を傾げた。
そんなことは起きえないと言わんばかりの表情だ。
「そうですね。あなたに愛人ができても構いませんが、それは子供を作ってからにしてほしいので追記しておきましょう」
なんだか機嫌の悪い声になったような気がした。
「私は閣下のことで言っています。答えてくれないなら私はサインをしません」
仮に10万ベリの借金を背負っても、過酷な労働に追いやられようともこれは引いてはいけない。
「その時は離縁しますが、10万ベリの返還義務はなしにしてください」
真剣な面持ちで言うヴィヴィアにクリスはやれやれと肩を揺らした。
「わかりました。そうしましょう。私の都合で離縁になる場合は、10万ベリの返還義務はなし、生活費用の援助もしましょう」
「子供の親権は」
「それは公爵家のものです」
譲る気配のない言葉にヴィヴィアはため息をついた。
「では、子供の待遇は本人が拒否しない限りは跡取りとしてしっかりさせてください」
何故生まれてもいない子の心配をしないといけないのかわからなかった。
でも、公爵の都合で離縁させられて子供と離れ離れになる場合、子供の権利は明確にした方がいい。
「いいでしょう。そのほかに希望がありましたら言ってごらんなさい」
ヴィヴィアの要求を聞いてやる。
だから結婚後にあれこれ文句はいうな。
彼が言いたいことを感じ取る。
「これで十分です」
子供の待遇についての追記分をみてようやくヴィヴィアはサインをした。
こうしてヴィヴィアは、ゴーヴァン公爵夫人となった。
多くの好奇と嫉妬の視線にさらされながら。
