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親愛なるヴィヴィアへ
体調はいかがでしょうか?
まだきついようであればすぐに医者に診てもらいなさい。
家政の仕事に関しても最近はよくなされているようで助かります。
あなたの負担になることはさせないと誓ったのに自分が不甲斐ないばかりに申し訳ありません。
大変な時は無理をせずしっかり休んでください。
王都ではきたる星河祭(せいかさい)の為に商人たちが集まってきており大変賑わっております。
あなたの好みかはわかりませんが、綺麗な首飾りを見つけました。
受け取っていただけると嬉しく思います。
あなたの笑顔を心より待ち望みつつ。
クリス・ゴーヴァン
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丁寧な手紙を受け取り、同時に首飾りが入った箱をみた。
みるからに豪華なもの。
以前のヴィヴィアであれば手にすることも許されなかっただろう。
開けてみると赤く輝くルビーを中心に透明感のあるダイヤが散りばめられた首飾りがあった。
まるで赤い星を際立てる星屑のようなデザイン。
星河祭にちなんで作られた品であろう。
星河祭――
王都ギネヴェールは1ヶ月以上の雨の季節がある。
天候が荒れやすく、災害に見舞われる。
その明ける頃に見える様になる星の河が一層美しく見えることから開始された。近隣諸国でもこの時期の星空は特別な意味合いを持つ様でそれぞれにちなんだ星河祭が行われると聞いたことがある。
この国で伝わる伝承では、雨の女神が遊びに出た子供を必死になって探している。ようやく見つかり、雨の女神と子供はお詫びに美しい星河を見せてくれるという。その時期に願いをかけると雨の女神が願いを叶える為の加護を与えてくれる。
王城では盛大なパーティーが開かれて、その年のデビュタントを迎える淑女たちが参加する。
ヴィヴィアも16歳でデビュタントを迎えたが、あまりいい思い出はない。
パートナーになる予定だった兄ルークにはドタキャンされ、用意されたのは母のお古のくたびれたドレス。
流行遅れのドレスにパートナーなしの惨めな参加となった。
今年は妹のシシリアが参加する。
ベザリーも参加することになる。
どんな流れだったか忘れてしまったが、クリスとダンスを踊る。
星の河が輝き荘厳な音楽の中で踊る2人は絵になると小説の語りから賞賛されていた。
ということは私は王都にいない方がいいわよね。
小説ではその星河祭ではヴィヴィアの姿はなく、クリスは1人で参加していた。ダンスを願う淑女たちがわらわらと彼のそばに集まっていたと思う。
ヴィヴィアとは不仲、あまりうまくいっていないという噂があったのを覚えている。
星河祭に参加するつもりもないが、いただいたもののお礼はすぐに書くべきよね。
「ケイト、便箋を持ってきてくれる?」
ケイトが持ってきた便箋から今の季節に合うものを選んだ。
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クリス・ゴーヴァン公爵閣下
素晴らしい贈り物をありがとうございました。
あまりに素敵で惚れ惚れしております。大事にさせていただきます。
仕事のことはご心配かと思いますが、どうか見守っていただけると幸いです。
あなたさまのご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
ヴィヴィア・ゴーヴァン
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うーん、クリスの手紙に比べてちょっと淡白なような。
でもいいよね。
お礼が伝われば十分よ。
ヴィヴィアが返事を送った後、5日後には髪飾りが届けられた。
クリスの屋敷に宝石店が訪れることがあり、ついつい購入したからと送ってきたという。
お礼の返事を書くと、1週間後にガラスの靴が届けられる。
サイズがぴったりで、履き心地も悪くなかった。まるで元の持ち主がヴィヴィアだったかのようにしっくりくる。
次に、社交界用のドレスである。
ヴィヴィアのウェディングドレスを手がけたデザイナーの新作だという。
ウェディングドレスは急なことにオーダーメイドではなかった為に改めてヴィヴィアをイメージして作られたものだと手紙にて説明が書かれていた。
これは、まさか。
いや、そのまさかである。
「閣下は、私に星河祭のパーティーへ参加して欲しいのかしら」
昨日届いたドレスのせいでうなされたヴィヴィアは疲労感まじりに口にする。
ケイトに髪の手入れをしてもらいながら、鏡の端に映るのは例のドレスであった。
黒を基調にしたイブニングドレス、それだけ聞くと地味に聞こえるが全身銀糸の刺繍が施されている。花を模した紋様が小さく刻まれ、光にあたると鮮やかに輝く。
そして胸元には赤、黒、銀の糸で作られた蝶が戯れているようにみえる。
王都で人気のドレス店、サロン・ド・アリエルの大作である。
ケイトはヴィヴィアの疑問に答えた。淡々とした口調は変わらずに。
「旦那様は奥様には負担にならないようにしたいと言っていました」
「では、あのドレスは? ここ数週間にかけて贈られるプレゼントは何?」
どうみても星河祭のパーティー参加前提のドレス一式であった。
「旦那様はそこまでは望んでません。ただ、奥様を思いながら王都で過ごして、お祭りに当てられて購入したのかと」
「祭りでテンションが上がった子供みたいな」
「実際旦那様は子供の様な一面があります。押さえられない衝動を抱えて、ふとした拍子に爆発させて。奥様を娶る際もそのような感じで強引でした」
まさかそんな。
不安になるヴィヴィアの元に届けられた手紙を読む。
内容は直訳すればこうである。
星河祭の日は帰れそうだから一緒に星空を眺めて過ごしたい。ドレス一式を着てくれると嬉しい。
内容をみてヴィヴィアはめまいを覚えた。
ヒロインのデビュタントで、大事なダンスイベントをキャンセルする気だ。
そもそも星河祭は貴族たちにとって大事なイベントである。
クリスだって、王の甥という立場で当然参加するように声をかけられているはずだ。
何故クリスはこちらに来るのだ。
ヴィヴィアは執事長に質問した。
ヴィヴィアの様子が重苦しく、まるで尋問を受けている気分の執事長はおそれながらと述べた。
「奥様がここにいるからだと思います」
ヴィヴィアがパーティーに参加する気がなく領地屋敷に引き籠もる限り、クリスはダンスイベントをキャンセルしてしまう。
このままであれば小説のシナリオは歪み、神様からどうみられるかわからない。
神様の不興を恐れてヴィヴィアは急ぎケイトに便箋を持ってこさせた。
震える手で書いた。
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拝啓
初夏の清々しい風そよぐ頃、、閣下におかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて近づく星河祭は王都で過ごしたく思います。
閣下とパーティーに参加したいのですが、大丈夫でしょうか?
お返事を心よりお待ち申し上げております。
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そしてヴィヴィアは翌朝、馬車に乗り込んだ。
ケイトは先日のドレス一式を馬車に積み込んでくれていた。
そうだ。
ヴィヴィアは思い出したように荷物に冊子を詰め込んだ。
どうせなら意見を聞いてみよう。
途中の宿で追いかける形で来たクリスからの返事を確認した。
勿論、という了承であった。
