捨てられた悪役はきっと幸せになる

 朝方、ヴィヴィアは頭を抱えた。
 廊下で気を失い、クリスに運んでもらうなど。

 すごく気を使わせたな。

 顔を見るのも気まずいが、朝食に顔を出さないのも気が引ける。
 朝食が終わればクリスは王都へ旅立つだろう。

 ケイトにドレスを着させてもらい、ダイニングルームへと向かった。

「おはようございます」
「おはよう」

 クリスはいつものように挨拶を返してくれた。

「体調は大丈夫ですか?」
「はい、昨日はゆっくり休めたので。お気遣いくださりありがとうございます」

 ヴィヴィアが椅子に腰をかけると朝食が運び出された。
 いつもは肉料理が出されているが、卵やスープと胃への負担が少ない料理がメインであった。ほうれん草のスープは体を温めてくれてホッとできる。

 気を遣われている。

 クリスの注文でこのようなメニューになったのは明らかだ。
 付き合う必要はないのにクリスも同じメニューであった。

 カチャ

 食器と銀のスプーン、フォークの音だけが響く。朝の日の光の中、いつもより静かな朝食だった。

 食事が終わると、クリスは屋敷の外で待機している馬車へと向かいヴィヴィアも後を追った。

「それでは行ってくる」
「はい、お気をつけて」

 礼をするヴィヴィアをじっとクリスは見つめた。なかなか馬車に乗り込もうとしない。

「何か困ったことがあれば遠慮なく言ってください」
「はい」

 ノートンのようにスケジュールを狂わせる様な真似はしないように必要な報告はしておくべきだろう。
 さすがにノートンのような出来事は起きないだろう。
 だいたいは執事長に相談すれば済む問題だとは思う。

「だから、その」

 クリスは言い淀んでいた。
 何か注意事項があるのかもしれない。

「手紙を書きます」

 手紙。

 その単語にヴィヴィアは首を傾げた。

「だから、返事が欲しいです。あなたが負担にならない範囲でいいので」
「……わかりました」

 ヴィヴィアはうなずいた。

 さすがに閣下からの手紙に返事を送らないのは悪いよね。

 馬車が門をくぐり姿が見えなくなるのをヴィヴィアは見送った。

 ◆◆◆

 クリスが王都へ向かった後、ヴィヴィアは書類の整理を始めた。
 クリスからは何もしなくてもよいと言われていたが、仕事をもらうことにした。
 家政の手伝い。メインは執事長がしてくれているが、いつまでも彼に負担をかけるのも悪い。
 本来は公爵夫人のヴィヴィアの役割なのだ。
 使用人たちの業務内容は把握しておこうと調べてみたら執事長の業務時間が明らかにおかしかった。いつ眠っているのだと不安になるほど。

 いや、睡眠時間が取れていない。

 いつもビシッとしていたから全く気づかなかった。

 外科医でたまにそんな先生がいたけど。

 とにかく彼の負担をなるべく減らしたい。
 彼がしている家政の一部をヴィヴィアが引き受ける方がいいだろう。

 この屋敷に来てから色々とお世話になっているし。


「よし」


 ヴィヴィアは彼から引き受けた業務を開始した。
 ルフェル子爵家で手伝っていた内容を思い出しながら。

 母からよく言われた。
 仕事が雑だと、直すのが大変だと。

 書類に触れる度に気が重くなるが、自分が出来ることを模索していかなければいけない。
 いつまでも避けるわけにはいかない。

 はじめは執事長も目を通してくれる。

 あまりに酷く彼の負担が却って重たければもう一度考え直そう。

 数日後、執事長はにこにこと微笑み、言ってきた。
 

「奥様に任せても大丈夫なようです」

 あまりにあっさりとした判定にヴィヴィアは不安になった。

「はじめは奥様が自信なさそうで心配でした。確かに慣れない面が見受けられましたが、じきに慣れてきました。自信を持たれてください」
「でも、実家で手伝っても、よく仕事が雑、荒い、訂正して逆に負担だと母に言われていました」

 執事長は首を横に振った。

「あまりに失礼な言い方ですが、奥様はご実家で搾取子だったと思います」

 搾取子。

 俗称であるが、家族からストレスの捌け口にされたり、物を与えられず、家の仕事をさせられ、自尊心を傷つけられる子供のこと。
 それに対し、愛玩子という呼び名もある。可愛がられ、周りから褒められる存在。
 この前のロズモンド孤児院の花組、草組の構図もそれである。

 やっぱり私は搾取されていたのね。

 この屋敷に来てからルフェル子爵家での生活が異常だと認識できていたが、自分が搾取子だと認識していなかった。

「奥様は大事にされるべきお方です」
「……ありがとう」

 執事長を見送り、ヴィヴィアは頭を抱えた。

 小説内のヴィヴィアとは明らかに異なる。
 ヴィヴィアは仕事ができなくて、公爵家の財産を統轄し、使用人に傲慢な嫌な女と評されていた。

 私がヴィヴィアに転生したから内容が変わったのかしら。

 それでも頭から離れない小説のストーリーがヴィヴィアを苦しめる。

 はぁ、小説のことを考えると気が重くなってしまう。

 何か可愛い絵本で上書きされないかしら。

 とはいえ自分の運命にかかっているものだから忘れることはできない。

 それでも考えなくて済む時間が一瞬でも欲しい。

 仕事でもいいんだけどこれはこれで疲れるのよね。

 机の端に置かれている新聞を見る。
 ノートンの出来事が記事になっていた。
 確かにあれだけの健康被害が出ているなら問題になるわよね。
 この件でクリスはしばらく忙しかったようだが、そんな気配を微塵も見せなかった。

 仕事で疲れるなんて言ってられないわね。
 クリスの方が頑張っているもの。

 新聞を読み進めていると、ノエルが訪問してきた。

「奥様、言われていた本を持ってきました」

 図書館から5冊の本を持ってきてくれた。
 仕事に必要な資料と童話集である。
 童話集は気晴らし、趣味のようなものだ。

「ありがとう。重かったでしょう」

 机の上に置いてくれたノエルにお礼を言う。

「そうだわ。このお菓子をあげるわ」

 ケイトが用意してくれた茶菓子を思い出した。
 包んで持たせてあげよう。
 今はヴィクター卿に稽古をしてもらっているシエルと一緒に食べられるように2袋に包もう。
 ヴィクター卿もいるなら3袋にしたほうがいいかも。

 3つの布に包んでヴィヴィアはノエルに持たせてあげる。そこでノエルが抱えているカバンに本が入っているのに気づいた。

「薬草?の本」

 ヴィヴィアが呟くとノエルは顔を赤くした。

「お医者様の勧めで、薬草の勉強をしようと思いまして」
「そう言えばあなたは土魔術を持っていたわね」
「はい、栽培できれば便利かと思いまして。もちろん奥様のお世話が最優先です」

 ノエルの必死な様子にヴィヴィアは微笑んだ。

「そう、心強いわ」

 ヴィヴィアは頭の中でピーンと閃いた。

 そうだ。薬草士。

 田舎の方では医者や治癒魔術師が常駐していないため代わりに活躍しているのが薬草士である。
 症状を聞いて、それに合わせた薬を作る。
 民間療法であり、資格がなくても活動できる。
 実際、地方田舎に資格持ちの者がわざわざ来てくれない為王都も黙認していた。

 薬草士なら自分の食い扶持は何とかできるかもしれない。

 薬草も使い方次第で毒になる原理を使えば毒魔術を持つヴィヴィアにぴったりな仕事だろう。
 クリスと離婚した後の自分の生き方をようやく見つけられた気分だ。

 そのためなら知識が必要だ。
 前世の知識だけではなく、この世界の薬草学を。

「ねぇ、ノエル。私も興味があるの。読み終わったら私にも読ませてね」

 もちろんです、とノエルは嬉しそうに笑った。ヴィヴィアンと共通の興味を持てて嬉しそうだった。

 なんだかんだしばらくは忙しくなりそうだ。