捨てられた悪役はきっと幸せになる

 暗闇の中、どろどろの土を掘り起こす。
 道具を使わずに、手でひたすら掘る。

 爪がぼろぼろになろうと構わずに。

「はぁ、はぁ」

 どのくらい掘り起こしただろうか。
 いくら掘っても出てくるのは他人の遺体。
 だが、自分とは全く関係のない遺体ではない。
 この地に放置された者たちは全て自分の未熟さにより命を落としてしまったからだ。

 後できれいにしてきちんと埋葬しなければならない。
 きちんとした墓を作らなければならない。

 あの女のせいだ。

 いや、それだけが原因ではない。
 その前からロズモンド男爵に注意していればよかったのだ。
 そうすれば少なくともあの子は劣悪な環境の中、命を落とすこともなかった。

 全ては自分の愚かしさが招いたことではないか。

 探している目的の存在はまだ見つからない。あの子の爪や髪の毛にすら触れられていない。

「どこだ。どこに」

 泣きそうになる声。
 泣く権利などないとわかっているのに。

「出てきてくれ……出てきてくれ」

 自分の声にあの子が反応する訳がない。
 今更どの面下げてやってきたと罵倒されても文句は言えない。

 それでも手を休ませることはしなかった。
 してはいけない。

「ノエル」

 自分が見捨ててしまった子、大事な女性との間に授かった子。
 それなのにあの子を抱きしめたことがない。
 あまりに苦しい。だが、苦しかったのはあの子だ。

「閣下、閣下」

 女性の声が聞こえてきてクリスは瞼を開いた。
 望んで強引に手に入れた大事な、大事な女性だ。

「ヴィヴィア」

 ヴィヴィアはクリスの額に手を当てた。汗がびっしょりで手拭いを差し出した。

「申し訳ありません。勝手に執務室へ入ってしまい……ひどくうなされていたので」

 周りをよく見てみるとクリスがいるのは自分の執務室であった。
 少しだけ休憩をとってソファに腰をかけているうちにうたたねをしてしまったのだ。

 ◆◆◆

 大丈夫かな。

 ヴィヴィアはシエル・ノエル兄妹の件でクリスが配慮してくれたことのお礼を言いに執務室へと訪れた。
 クリスは日中のほとんどを執務室で過ごしていた。
 食事の時間だけヴィヴィアと同席するために顔を出している。
 本日のランチで今後の予定について語っていた。王都へ戻る日について。
 仕事が溜まっており、モリス秘書官から泣き言の手紙が届いたからと不満そうにしていたのを思い出した。
 翌朝には出立するということで、今お礼に行かないといけないと考えた。

 一応執事長には訪室してもいいか確認すると執事長は穏やかに答えた。

「奥様であれば確認する必要はありません。いつでも旦那様の執務室へ訪問されてください」

 それで遠慮なく執務室へと到着したのであるが、ノックをしても返事がない。
 忙しくて気が立っていたら悪いような気もする。
 やはりお礼は夕食の時にしておいた方がいいのかもしれない。

「うぅ…‥ぐっ」

 部屋の奥から聞こえたうめき声にヴィヴィアは青ざめた。
 もしかして具合が悪いのかもしれない。

「失礼いたします」

 ヴィヴィアは慌てて執務室へ入った。
 ソファの上で横になったクリスは苦しげに呻き続けていた。

 声をかける。
 何度も。

 そうしてクリスは目を覚ましたのだ。

 悪夢にうなされていた?
 きっとすごいお疲れなのね。

「お水を淹れますね」

 執務机の上におかれている水差しを見つけてヴィヴィアは立ち上がった。
 しかし水差しの方へは近づけず、ヴィヴィアは再び膝をついてしまった。
 ヴィヴィアの手をクリスが引っ張ったのだ。

「閣下」
「すまない。許されるのであれば、このまま触れさせてほしい」

 情けなく弱弱しい声であるというのに、それすらも色気を漂わせてヴィヴィアはどきりとした。

 本当に何をしても絵になるなんてなんて男だ。

 こんな男が夫で、側にいれば小説のヴィヴィアだって色々思い悩んでいただろう。

「火傷は……包帯を巻かなくても大丈夫なのですか?」
「はい、薬のおかげですっかりよくなりました」

 痕にはならないと説明を受けたことを伝えると、クリスは「よかった」と呟いた。

「あの、メイドを呼びましょうか? 何か飲み物を持ってこさせましょう」
「必要ない。あなたが側にいれば何も」

 クリスは大事そうに両手でヴィヴィアの手を握り締める。
 その度にヴィヴィアは胸が苦しくなる。

 どうしてそんな思わせぶりなことを言うのだろうか。

 誤解してしまう。

 本当は自分は愛されているのだと。

 そんなことを思ってはいけない。
 まだベザリーに出会っていないかもしれないクリスだからヴィヴィアにこのように接するのだ。

 ベザリーと恋に落ちれば、その時は苦しくなる。

 苦しくて、嫉妬に狂いベザリーを憎んで……その先にある展開にヴィヴィアはぞくっとした。

 しばらくしてクリスは落ち着いてようやく手を放してくれた。

「どうぞ」

 ヴィヴィアは水差しまで近づいてグラスに水を注いだ。
 その時に目に映った書類の山、そのうちの一つにモリス秘書官の報告書もあった。
 慈善事業の一環で行っている奨学生の件。
 名前が5名並んでおり、彼らに関する情報が記載されていた。

 ――ベザリー・モカ。

 一番下に記載されている少女の名前を見てヴィヴィアは青ざめた。

「どうしました?」

 クリスはヴィヴィアの反応に気づいて立ち上がって近づいてきた。

「申し訳ありません。勝手に見てしまって」
「構いません。あなたは私の妻なのだから……国の機密文書でもないものですし、問題ありませんよ」

 モリス秘書官の報告書を手にしてクリスはため息をついた。

「奨学生に興味がありますか?」
「あ、いえ……奨学生の方々の経歴がすごいなと感心してしまって」

 実際一番上に記載されている奨学生は今年大学卒業予定で魔術研究で博士号をとっていた。
 ベザリーに関してもまだカリバー王立学園への入学のみとはいえ、それだけでも大層なことだ。
 優秀な国の人材を育成するために作られたカリバー王立学園は、貴族であっても学力か、魔力に秀でていない限り通うことは難しい。

 妹のシシリアが入学試験に合格したとき実家ではお祭り騒ぎであった。
 ルフェル子爵家は治癒魔術の大家として零落気味であったが、それでもシシリアの治癒魔術は認められたようだ。

 逆に兄のルークは推薦から落ちてお通夜状態であった。

 推薦の準備中に余程ストレスが溜まっていたのか、何度か兄の捌け口にされていた。

 父母も気が立っていてメイド見習いが病で倒れても治癒魔術を施そうとせず療養施設へ送ってしまっていたな。

 ヴィヴィアは見かねて下男に運び出されるメイド見習いに毒魔術を使用してみた。
 病の原因は中毒だとわかってほんの少しだけ解毒を試みた。何の毒かは知識がなくわからなかった。
 まだ幼い頃で未熟で、中途半端な状態で終わってしまったのが気がかりであった。

 もうあの子は生きていないだろう。
 せめて療養施設できちんとしたケアを受けて最期を迎えてくれていればよいのだが。

「ヴィヴィア?」
「あ、いえ……少し色々考えてしまっていました。そういえば妹がカリバー学園に入学していたなと」
「ああ、彼女か」

 クリスは眉をひそめてヴィヴィアの家族のことを思い出した。
 彼の前では家族の話はなるべくしていなかったが、どうもヴィヴィアの家族には好印象を持っていないようだ。

「このベザリー・モカという子はどのような子でしょうか?」
「さぁて、私は会っていないので何とも……モリスの報告書通りとしか」
「会っていない?」

 確か小説内では、ベザリーは入学前にクリスに出会っている。他の奨学生と共に食事会に参加してそれぞれクリスと面談して進路相談をしたり抱負を確認していた。
 カリバー王立学園の入学式は昨日だ。

「少し前に会う予約をしていたのだが、モリス秘書官に代わりを勤めてもらいました。急遽ノートンへ訪問することになりまして」

 それを聞いてヴィヴィアは内心悲鳴をあげた。

 ひ、ヒロインとヒーローが出会う場面をなくしてしまった。正確には再会だけど。

 この時にベザリーはクリスを頼りになる大人だと認識して、学園の事件が起きた時に彼に相談の手紙を書くのだ。
 その手紙をみてクリスは手助けをしてそこから2人の交流が始まる。
 ベザリーはお礼にお茶と菓子をプレゼントしたり、狩猟祭のお守りを作ったり。
 そのどれもクリスの心を癒すもので、ベザリーを屋敷に呼び寄せて一緒に過ごす時間が増えていく。

 この先、どうなるのだろうか。
 ベザリーはクリスに手紙を送る?
 送らなければ、2人は結ばれないかもしれない。

 小説の内容を変えてしまったかもしれないという恐怖心と、同時に喜びを感じてしまう。

 だめだ。

 きっとこれだと2人の仲を邪魔したと思われてしまう。

 誰に?

 ――神様に。

 ベザリーは神の加護を受けた幸運の持ち主だった。
 その影響で治癒魔術を使いこなせるようになった。
 何度もトラブルに巻き込まれるが、それでも神に愛されるほどのひたむきさで周りの人々を変えていき彼らの助けを得て前へ進んでいく。

 きっと私の行動はベザリーを愛する神の怒りを買うだろう。

 ヴィヴィアは恐怖を覚えた。