男爵夫人の部屋をあとにしたヴィヴィアはここまで案内したメイドに会った。
「ありがとうございます。夫人を力付けてくれて」
涙ながらに男爵夫人のこれまでを振り返るメイドの姿は一見健気に映る。
そんな彼女にヴィヴィアはじっと見つめて口を開いた。
「ケヴィン卿、彼女を取り押さえて」
同席していたケヴィン卿はメイドを取り押さえた。
「な、何をなさるのです」
訳がわからないと身動きを封じられたメイドにヴィヴィアは触れた。
「やめてくださいっ」
騒ぐメイドのポケットからヴィヴィアは瓶を取り出した。
中身はからっぽだ。
「彼女を閣下のもとへ。彼女は男爵夫人を毒殺しようとしていました」
「違うわ! こ、これは栄養剤です。個人の持ち物にケチをつけるのは貴族夫人のすることですかっ?!」
必死の誤魔化しにヴィヴィアは冷淡に笑った。
「そう、ならこれに水を入れるからそれを飲んでみて」
栄養剤なら問題ないはずでしょ。
そう言うとメイドは悲鳴を上げて青ざめた。
何としても飲ませようとするヴィヴィアに恐怖を覚えたメイドはその場でうなだれた。
「申し訳ありません! 全ては旦那様の指示です」
その様子をみてヴィヴィアはため息をついた。
この館でロズモンド男爵夫人の味方は1人もいなかったのか。
ロズモンド男爵夫人は謎の病ではない。
中毒だ。
慢性ヒ素中毒。
病気に見えるように少しずつ毒を口にさせた。
それは無味無臭、水に溶けた色も無色透明でただの水にしか見えない。
彼女の飲み水に、わずかにしか食べられない食事に入れて少しずつ飲ませた。
騎士たちが館の捜索を始めたときにメイドは部屋に置くこともできずに持ち歩いていた。隙を見て瓶の中身を庭に捨てた。
それでもわずかに残る毒の気配をヴィヴィアは見逃さなかった。
気の毒な男爵夫人。
ここまで彼女はどれだけの苦しみと寂しさの中で戦ってきたのだろう。
自分の世話役にまで裏切られていたことを不憫に感じた。
「何の騒ぎです?」
騒ぎを聞きつけたのかクリスが現れた。
ヴィヴィアの手に持っている瓶を見て尋ねる。
「それは」
「ヒ素、毒です」
その言葉にクリスは彼女の手から奪い取った。
強引だ。
ヴィヴィアは彼の俊敏な動きに動揺しつつも、自分には後ろめたいことはないと言い聞かせ冷静に言った。
「私のじゃありません」
「そういう問題じゃない」
クリスの言葉にヴィヴィアは首を傾げた。
何にせよ、今ここにクリスが現れて手間が省けたと思う。
「閣下、お願いがあります」
クリスはじっとヴィヴィアを見つめた。
「今すぐに治癒魔術を使える神官を手配してください」
部屋の中にいるロズモンド男爵夫人の容体と、その原因についてクリスに説明した。
ヴィヴィアの実家、ルフェル子爵家に頼んだ方が早いかもしれない。
だが、ヴィヴィアの実家に付け入る隙を与えたくない。これでクリスの負担になるのは避けたい。
私に治癒魔術が使えたら良かったのに。
治癒魔術の名家と呼ばれるルフェル子爵家に生まれながら治癒魔術を使えない無能者。
そうでなければ、ロズモンド男爵夫人をもっと早く回復させられたのに。
「わかりました」
クリスはあっさりと了解した。
「領民、孤児たちの健康状態も気になるので医者にも来てもらいます」
「ありがとうございます」
ヴィヴィアは頭を下げた。
「あなたが頭を下げる必要はありません。それとあなたには休むように言ったはずでは?」
勝手な行動はするな。
そう言われていると受け取り、ヴィヴィアはたらりと汗を垂らした。
どうしても男爵夫人が気になってしまい、ここまで来てしまった。
ついつい目の前に毒の気配がするメイドを見て反応してしまった。
おかげで忙しいクリスを引っ張り出してしまって。
「申し訳ありません」
「謝って欲しい訳ではありません」
なら何て言うのが正解だったのか。
ヴィヴィアの頭は混乱状態だった。
「こほん」
メイドをまだ取り押さえているケヴィン卿が咳払いした。
「奥様は部屋で休まれてください。閣下はそう言っているのです」
まさかそんなはずは。
「部屋で休んでください。この件が片付いたらお話があります」
やっぱり勝手な行動について説教をする気なのだ。
そんなに注意されることはした覚えが、ないわけではない。
無理を言ってノートンまで来て騒動を起こしてしまった。
でも後悔はない。
ここまで来たおかげでシエル、ノエル兄妹を助けられた。男爵夫人もあのまま孤独の中、毒殺されていただろう。
公爵の怒りくらい安いものだ。
「……」
大丈夫よね。
さすがに時代劇みたいな無礼打ちはないよね。
少し不安になりながらもヴィヴィアは自室へと向かった。
◆◆◆
クリスが言っていた通りに治癒魔術師や医師を手配してくれていた。
孤児たちだけではなく、領民たちの健康状態も深刻であったことが判明した。
果実の世話をしている領民たちは過酷な労働条件を課せられていた。
ロズモンド男爵におさめる果実の量や質で査定され、目標を達成できなければ洞窟で採掘をさせられる。
力仕事ができない女性は布染料関係の仕事をする。
その採掘物や染料による健康被害が深刻だった。
男女ともに国が規定する暴露量をゆうに超えていた。
健康被害が起きれば領主、国に報告する義務があったにも拘わらずロズモンド男爵は無視していた。
税金横領、領民の安全無視、治安維持への怠慢。
男爵夫人毒殺。
まだまだ叩けば出そうな勢いの不正と罪である。
前線を引くようにクリスに言われたヴィヴィアはケイトからの報告を聞きながらお茶をすすする。
実際、自分の判断の域を超えすぎた為クリスがバトンタッチしてくれて助かったように思える。
ノエルの体調も、男爵夫人の体調も回復に向かっているというし。
特に男爵夫人が助かったのは奇跡に等しいと言われていた。
長期、毒を摂取させられて内臓もかなりダメージを受けていた。
奇跡的にまだぎりぎり毒を無毒化・排出する機能が残っていた為治癒魔術が間に合ったという。
本当に間に合ってよかった。
起き上がるまで回復した男爵夫人はクリスと面談して今後のことを話し合った。
その上で決められたロズモンド男爵への判決。
領地経営から外す。
男爵位返還。
家財の全てを没収し領民の治療費と補償費に充てる。
当のロズモンド男爵は家門から追放し、辺境の刑務所に収容される。
「私がいなくなればノートンはどうなるのです!」
部屋に軟禁された男爵は不服を訴える。
せめてのケジメとして処置をわざわざ伝えに来たクリスはため息をついた。
「それはすでに考えてある」
「父上も母上も黙っていないぞ!」
ロズモンド男爵の両親はまだ健在である。
クリスの別荘管理で遠方にいるが、この事態をみたら駆けつけるに違いない。
幼い頃のクリスの養育に携わっていた為クリスも彼らの意見を無視できないはずだ。
「2人とも既に別々の刑務所に自ら入った。自分の罪を告白した文章を送ってきたぞ」
ロズモンド男爵に比べれば可愛い内容だが、彼らがしたことは許し難い罪に変わりがない。
「裁判になっても結果は同じだが、そうだな。機会を与えよう」
クリスは手袋を脱ぎ、ロズモンド男爵に叩きつけた。
「私と決闘し、少しでも傷をつけられたら勝ちにしてやる。ハンデもやろう」
相手は歴戦の猛者でもある。決闘すればただでは済まされない。
好きなだけハンデをつけてやるとクリスは言う。
ハンデに制限はないようだ。
まずは片手しか使わないこと。
そしてクリスが動ける範囲はロズモンド男爵が指定する。
それなら勝てるかもしれない。
「勝てば財産没収程度に減罰してやる。心を入れ替えると誓いをたて領地経営は残してやる」
ロズモンド男爵はにやりと笑った。
「その発言に嘘はありませんね」
「ああ、今ここにいる騎士たちの前で宣言してやる」
財産を奪われたことは痛手である。
以前より稼げなくなるのも。
だが、ここでクリスに一矢報いることに快感を覚えよう。
ロズモンド男爵は決闘に相応しい広場を指定して歩き出した。
「ありがとうございます。夫人を力付けてくれて」
涙ながらに男爵夫人のこれまでを振り返るメイドの姿は一見健気に映る。
そんな彼女にヴィヴィアはじっと見つめて口を開いた。
「ケヴィン卿、彼女を取り押さえて」
同席していたケヴィン卿はメイドを取り押さえた。
「な、何をなさるのです」
訳がわからないと身動きを封じられたメイドにヴィヴィアは触れた。
「やめてくださいっ」
騒ぐメイドのポケットからヴィヴィアは瓶を取り出した。
中身はからっぽだ。
「彼女を閣下のもとへ。彼女は男爵夫人を毒殺しようとしていました」
「違うわ! こ、これは栄養剤です。個人の持ち物にケチをつけるのは貴族夫人のすることですかっ?!」
必死の誤魔化しにヴィヴィアは冷淡に笑った。
「そう、ならこれに水を入れるからそれを飲んでみて」
栄養剤なら問題ないはずでしょ。
そう言うとメイドは悲鳴を上げて青ざめた。
何としても飲ませようとするヴィヴィアに恐怖を覚えたメイドはその場でうなだれた。
「申し訳ありません! 全ては旦那様の指示です」
その様子をみてヴィヴィアはため息をついた。
この館でロズモンド男爵夫人の味方は1人もいなかったのか。
ロズモンド男爵夫人は謎の病ではない。
中毒だ。
慢性ヒ素中毒。
病気に見えるように少しずつ毒を口にさせた。
それは無味無臭、水に溶けた色も無色透明でただの水にしか見えない。
彼女の飲み水に、わずかにしか食べられない食事に入れて少しずつ飲ませた。
騎士たちが館の捜索を始めたときにメイドは部屋に置くこともできずに持ち歩いていた。隙を見て瓶の中身を庭に捨てた。
それでもわずかに残る毒の気配をヴィヴィアは見逃さなかった。
気の毒な男爵夫人。
ここまで彼女はどれだけの苦しみと寂しさの中で戦ってきたのだろう。
自分の世話役にまで裏切られていたことを不憫に感じた。
「何の騒ぎです?」
騒ぎを聞きつけたのかクリスが現れた。
ヴィヴィアの手に持っている瓶を見て尋ねる。
「それは」
「ヒ素、毒です」
その言葉にクリスは彼女の手から奪い取った。
強引だ。
ヴィヴィアは彼の俊敏な動きに動揺しつつも、自分には後ろめたいことはないと言い聞かせ冷静に言った。
「私のじゃありません」
「そういう問題じゃない」
クリスの言葉にヴィヴィアは首を傾げた。
何にせよ、今ここにクリスが現れて手間が省けたと思う。
「閣下、お願いがあります」
クリスはじっとヴィヴィアを見つめた。
「今すぐに治癒魔術を使える神官を手配してください」
部屋の中にいるロズモンド男爵夫人の容体と、その原因についてクリスに説明した。
ヴィヴィアの実家、ルフェル子爵家に頼んだ方が早いかもしれない。
だが、ヴィヴィアの実家に付け入る隙を与えたくない。これでクリスの負担になるのは避けたい。
私に治癒魔術が使えたら良かったのに。
治癒魔術の名家と呼ばれるルフェル子爵家に生まれながら治癒魔術を使えない無能者。
そうでなければ、ロズモンド男爵夫人をもっと早く回復させられたのに。
「わかりました」
クリスはあっさりと了解した。
「領民、孤児たちの健康状態も気になるので医者にも来てもらいます」
「ありがとうございます」
ヴィヴィアは頭を下げた。
「あなたが頭を下げる必要はありません。それとあなたには休むように言ったはずでは?」
勝手な行動はするな。
そう言われていると受け取り、ヴィヴィアはたらりと汗を垂らした。
どうしても男爵夫人が気になってしまい、ここまで来てしまった。
ついつい目の前に毒の気配がするメイドを見て反応してしまった。
おかげで忙しいクリスを引っ張り出してしまって。
「申し訳ありません」
「謝って欲しい訳ではありません」
なら何て言うのが正解だったのか。
ヴィヴィアの頭は混乱状態だった。
「こほん」
メイドをまだ取り押さえているケヴィン卿が咳払いした。
「奥様は部屋で休まれてください。閣下はそう言っているのです」
まさかそんなはずは。
「部屋で休んでください。この件が片付いたらお話があります」
やっぱり勝手な行動について説教をする気なのだ。
そんなに注意されることはした覚えが、ないわけではない。
無理を言ってノートンまで来て騒動を起こしてしまった。
でも後悔はない。
ここまで来たおかげでシエル、ノエル兄妹を助けられた。男爵夫人もあのまま孤独の中、毒殺されていただろう。
公爵の怒りくらい安いものだ。
「……」
大丈夫よね。
さすがに時代劇みたいな無礼打ちはないよね。
少し不安になりながらもヴィヴィアは自室へと向かった。
◆◆◆
クリスが言っていた通りに治癒魔術師や医師を手配してくれていた。
孤児たちだけではなく、領民たちの健康状態も深刻であったことが判明した。
果実の世話をしている領民たちは過酷な労働条件を課せられていた。
ロズモンド男爵におさめる果実の量や質で査定され、目標を達成できなければ洞窟で採掘をさせられる。
力仕事ができない女性は布染料関係の仕事をする。
その採掘物や染料による健康被害が深刻だった。
男女ともに国が規定する暴露量をゆうに超えていた。
健康被害が起きれば領主、国に報告する義務があったにも拘わらずロズモンド男爵は無視していた。
税金横領、領民の安全無視、治安維持への怠慢。
男爵夫人毒殺。
まだまだ叩けば出そうな勢いの不正と罪である。
前線を引くようにクリスに言われたヴィヴィアはケイトからの報告を聞きながらお茶をすすする。
実際、自分の判断の域を超えすぎた為クリスがバトンタッチしてくれて助かったように思える。
ノエルの体調も、男爵夫人の体調も回復に向かっているというし。
特に男爵夫人が助かったのは奇跡に等しいと言われていた。
長期、毒を摂取させられて内臓もかなりダメージを受けていた。
奇跡的にまだぎりぎり毒を無毒化・排出する機能が残っていた為治癒魔術が間に合ったという。
本当に間に合ってよかった。
起き上がるまで回復した男爵夫人はクリスと面談して今後のことを話し合った。
その上で決められたロズモンド男爵への判決。
領地経営から外す。
男爵位返還。
家財の全てを没収し領民の治療費と補償費に充てる。
当のロズモンド男爵は家門から追放し、辺境の刑務所に収容される。
「私がいなくなればノートンはどうなるのです!」
部屋に軟禁された男爵は不服を訴える。
せめてのケジメとして処置をわざわざ伝えに来たクリスはため息をついた。
「それはすでに考えてある」
「父上も母上も黙っていないぞ!」
ロズモンド男爵の両親はまだ健在である。
クリスの別荘管理で遠方にいるが、この事態をみたら駆けつけるに違いない。
幼い頃のクリスの養育に携わっていた為クリスも彼らの意見を無視できないはずだ。
「2人とも既に別々の刑務所に自ら入った。自分の罪を告白した文章を送ってきたぞ」
ロズモンド男爵に比べれば可愛い内容だが、彼らがしたことは許し難い罪に変わりがない。
「裁判になっても結果は同じだが、そうだな。機会を与えよう」
クリスは手袋を脱ぎ、ロズモンド男爵に叩きつけた。
「私と決闘し、少しでも傷をつけられたら勝ちにしてやる。ハンデもやろう」
相手は歴戦の猛者でもある。決闘すればただでは済まされない。
好きなだけハンデをつけてやるとクリスは言う。
ハンデに制限はないようだ。
まずは片手しか使わないこと。
そしてクリスが動ける範囲はロズモンド男爵が指定する。
それなら勝てるかもしれない。
「勝てば財産没収程度に減罰してやる。心を入れ替えると誓いをたて領地経営は残してやる」
ロズモンド男爵はにやりと笑った。
「その発言に嘘はありませんね」
「ああ、今ここにいる騎士たちの前で宣言してやる」
財産を奪われたことは痛手である。
以前より稼げなくなるのも。
だが、ここでクリスに一矢報いることに快感を覚えよう。
ロズモンド男爵は決闘に相応しい広場を指定して歩き出した。
