きっとまだ追いかけてる



 
 今日から義理の兄さんがいなくなる。姉が亡くなってから、家に一年は暮らしていたが、もう出て行くらしい。

 季節は冬で、姉が亡くなったのも去年の冬だった。姉の夫であった義兄は、姉を不慮の事故で亡くした。私と姉と両親の住むこの家に婿入りして数年。結婚生活はたった数年だけ。だけど、姉が死んだからと、やつれた義兄を追い出す者は誰もいなかった。優しくて良い人だったから。

 私は、前から義兄が好きだった。大学生から、社会人になっても、ずっと彼が好きだった。でも兄さんは、だいぶ姉を大切にしていて、どこにも隙が無かった。恋心なんて持ってしまった自分が、恥ずかしくて、嫌で嫌でしょうがなくて。

 姉が亡くなってから、兄さんは孤独を纏うようになった。家に居るのに、心はどこか違う場所にあって、遠く、遠くへ行ってるみたいだった。

 一度だけ、私は兄さんを抱きしめた。ずっと抑えていた気持ちを解放した。彼の温かみと、吐息と、香りを、深く感じた。だけど、兄さんは私をすぐ離して、作り笑顔で「ありがとう」とだけ言って、その場を去って行く。

 兄さんが家を出る事に決めたのは、その数日後の事だった。彼は私など求めていなかった。逆に、このままでは私が可哀想だと哀れみさえ浮かべて、兄さんは出て行く事を、私と両親に話したのだった。


 兄さんが家を去る日、私は彼と握手を交わした。雪ばかりで、吐く息が白くて、頬に冷たい冬の風が当たって。

 そうして、車で去って行く兄さんをずっとずっと眺めていた。遠く、遠く、どこかへ行ってしまう兄さんを、心の中だけで、追いかけて、でも、途中ではたっと、足を止めた。

 兄さんはずっと、姉の夫なのだ。

 そう思って、全てを諦めた。



 結婚して、子供ができた今でも、冬になると兄さんを思い出す。

 冬の日の、遠く、遠くに行ってしまう、兄さんを。忘れそうにもない、兄さんの温かみを――――――。



  end.