「…ということがあったんです」
久々に榊さんと食事に行くことができ、
短期バイトで正社員として働かないかと誘いを受けたことを話した。
「すごいじゃないですか」
「私にとっては、すごくありがたいことだと思います。
ただ、正社員として働いていけるか不安でして…」
「トラウマがあると言っていましたもんね…」
「恥ずかしながら…」
ー大企業の社長の榊さんの前で、
正社員で働くのが怖いというのは、
なんだか気が引けるな…
「恥ずかしいことではありませんよ」
榊さんはそんな私の気持ちに気付いてか、優しくかつ真剣な表情でみつめてくれた。
「ありがとうございます」
思わず恥ずかしくなり、下を向いてしまう。
「大したアドバイスはできないのですが…やりたいと思ったら、やってみたら良いと思います。
もし合わないと思ったら、辞めればいいんですから」
榊さんからそう言われて気が抜けた。
確かにそこの職場でずっと働かなければいけないということはない。
「そうですね…
そう言ってもらえると、気が楽です」
「良かったです。
どちらの選択をしても、楓さんを応援しています」
榊さんは優しく微笑んでくれていた。
ー榊さんにとっては、ちっぽけな悩みだと思うのに…
真剣に考えてくれて嬉しい。
「ありがとうございます。
前向きに考えてみようと思います。」
榊さんは微笑えみながら頷いてくれた。
「そういえば、
前も少しお伝えしましたが、
高価格のものと低価格のもの、
どちらもブランドを新しく作っていて、今のところ順調なんです」
ー最初にお見合いで言っていた件だろう。
「良かったです…」
「本当楓さんのおかげです。」
「そんなことないです。
上手く行っているのは榊さんの努力だと思います」
「いえいえ、努力するのは当たり前ですから。何かお礼をしたいのですが…」
「いや、この前も奢っていただいて申し訳ないくらいで…」
「いや、これは私から誘っているので、気にしないでください。
おそらく楓さんは謙遜して、欲しいものとか言わなそうなので勝手に考えておきますね」
榊さんを見ると妖艶な顔でこちらをみていた。
いつもなら『大丈夫です』と遠慮していたが、それも失礼なような気がして、
肯定も否定もせず、
とりあえず微笑み返した。
ー結局今日も支払ってもらっちゃった。
榊さんと別れて帰り道、
今日あったことを振り返っていた。
気付くと榊さんのことばかり考えて顔が緩みそうだったが、
きちんと正社員の話を考えないと…
と思い、顔を引き締めながら家に帰っていった。


