男の手は赤く染まっていた。

その手を濡らす液体は、まだ温かいが、やがて熱を失うだろう。

その液体の温度が、目の前に倒れている女の命とリンクしているかのように。

その女は今、電池が無くなりかけた玩具の様に小刻みに動いている。

男の手を濡らす液体が熱を失ったのと同時に、目の前の女は冷たい肉の塊になった。

男は歓喜に狂った。

男の中身を満たしているのは、抑えきれない狂気。

自分は弱者を狩る事ができる唯一無二の存在。

獲物を狩る事を許されるのは、食物連鎖の長だけなのだから。

初めて手を赤く染めたのは18歳の夏。

人気の無い夜道を歩いていた男を後ろから、刺した。

命乞いをしてたかも知れないが、男の脳髄には激しい快感が電気信号の様に走っていたので何も見えなかった。

その日から、男は解き放たれたのだ。

未知なる大陸を発見した開拓者のように、

新たな法則を発見した学者のように…、

狂った。

それ以来、衝動を抑えきれなくなると、命の灯火を消しに街へ出ていく。

警官に見つかった事もあるが、邪魔をする奴は皆殺した。

「俺を捕まえれる者などいるものか…」

男は自室で座りながら呟いていると、インタホンが鳴り、誰かが激しくドアを叩く。






「寿先生!いるんでしょう?もうすぐ締切り過ぎますよ!」


男は座ったまま言った。


「今の話を早く書いて締切りに間に合わせなくちゃ…。」