祝福のあとで


 視線が合ったのは、一瞬だった。

 けれどその短い間に、彼は私が一人だということも、戸惑っていることも、たぶんすべて理解したようだった。

「……こちらへどうぞ」

 低く、穏やかな声。

 カウンターの端を、ほんの少しだけ指で示す。
 押しつけがましさのない仕草に、私は小さく頷いて、その席に腰を下ろした。

 椅子を引く音が、店内に静かに溶ける。

「初めて、ですよね」

 彼はそう言ってから、名乗ることもせず、メニューを差し出した。
 “選ばせる”というより、“待つ”という姿勢。

「はい。……偶然、見つけて」

「そうですか」

 それだけで、理由を深掘りしない。

 グラスを置く音。
 氷をすくう音。
 その一つ一つが不思議と心地よくて、張りつめていたものが、少しずつほどけていく。

「おすすめは?」

 自分でも意外なくらい、素直に口にしていた。

 彼は少し考えてから、私の顔をもう一度だけ見る。

「強すぎない方が、いい気がします」

 まるで、今日の私を見透かしたみたいで、
 胸の奥が、ほんの少しだけ揺れた。
「……じゃあ、それで」

 彼は微かに口角を上げ、手を動かし始める。

 名前も知らない。
 どんな人かも、まだ何も知らない。

 それなのに、この距離が心地いい。