理由は、言わなかった。
技術とか、雰囲気とか、信頼とか。
全部、本当だから。
彼は、すぐには答えなかった。
グラスを拭く手が止まり、
少しだけ視線を落とす。
「……仕事として、ですか」
「はい」
迷いなく言えた。
彼は、短く息を吐く。
「条件を聞いてもいいですか」
「もちろんです」
そのやり取りが、どこか安心だった。
仕事の距離。
曖昧にしない距離。
「日程と詳細、後で教えてください」
「スケジュールが合えば、行けます」
胸の奥で、張っていたものが、静かにほどける。
「ありがとうございます」
言葉が、思ったより素直に出た。
「無理なら断ってもらって大丈夫ですから」
念のために言うと、彼は首を振った。
「その時は、ちゃんとそう言います」
それが、彼の誠実さだった。
グラスの中身が、少し減る。
今日は、二杯目を頼まなかった。
立ち上がると、
「詳細、待ってます」
背中に、低い声が届く。
振り返らずに、頷いた。
扉を出ると、夜の空気が、昼よりも冷たい。
それなのに、胸の奥は、不思議と静かだった。
これは、仕事。
そう言い聞かせながら、
ひかりは、
自分が“選んだ”という感覚から、目を逸らさなかった。
