その夜。
仕事を終えて外に出ると、
空気が少しだけ湿っていた。
帰り道はいつも通りのはずなのに、
足元が落ち着かない。
私は一度だけスマホを見て、
予定表の画面を閉じた。
考えるべきことは山ほどある。
当日の段取り。
演出。
外部との連携。
——過去のことなんて、いま考える必要はない。
そう思うのに。
気づけば、私はあの通りの近くまで来ていた。
Bar Afterの灯りが見えた瞬間、
胸の奥が、静かに息をついた。
扉を押す。
木の香り。
ジャズ。
グラスの音。
カウンターの奥で、彼が手を動かしていた。
視線が合う。
いつもと同じはずの一瞬が、
今日は少しだけ違って見えた。
「……いらっしゃいませ」
いつもの声。
私は頷いて、いつもの席に座る。
言うべきことは、たぶん、ない。
でも。
グラスが置かれて、
ひかりは一口飲んだあと、ふと口を開いた。
「……今日、昔の知り合いに会って」
声が、思ったより低かった。
彼の手が、ほんの少しだけ止まる。
「そうですか」
それだけ。
深掘りしない。
急かさない。
その“いつも通り”が、
今の私には、やけにありがたかった。
私はグラスを握って、
息を吐いた。
それを、関係と呼ぶほどのものじゃないと、思っていた。
それなのに、
戻ってきてしまう場所があることが、
今日は少しだけ、怖かった。
仕事を終えて外に出ると、
空気が少しだけ湿っていた。
帰り道はいつも通りのはずなのに、
足元が落ち着かない。
私は一度だけスマホを見て、
予定表の画面を閉じた。
考えるべきことは山ほどある。
当日の段取り。
演出。
外部との連携。
——過去のことなんて、いま考える必要はない。
そう思うのに。
気づけば、私はあの通りの近くまで来ていた。
Bar Afterの灯りが見えた瞬間、
胸の奥が、静かに息をついた。
扉を押す。
木の香り。
ジャズ。
グラスの音。
カウンターの奥で、彼が手を動かしていた。
視線が合う。
いつもと同じはずの一瞬が、
今日は少しだけ違って見えた。
「……いらっしゃいませ」
いつもの声。
私は頷いて、いつもの席に座る。
言うべきことは、たぶん、ない。
でも。
グラスが置かれて、
ひかりは一口飲んだあと、ふと口を開いた。
「……今日、昔の知り合いに会って」
声が、思ったより低かった。
彼の手が、ほんの少しだけ止まる。
「そうですか」
それだけ。
深掘りしない。
急かさない。
その“いつも通り”が、
今の私には、やけにありがたかった。
私はグラスを握って、
息を吐いた。
それを、関係と呼ぶほどのものじゃないと、思っていた。
それなのに、
戻ってきてしまう場所があることが、
今日は少しだけ、怖かった。
