次にBar Afterへ行けたのは、
それから、数日後のことだった。
仕事が、思っていたより早く終わった。
特別な理由はない。
ただ、今日は行ける、と思っただけだ。
扉を押すと、
あの木の香りと、低く流れるジャズが戻ってくる。
カウンターの端。
いつもの席は、空いていた。
腰を下ろすと、
グラスを拭いていた彼の手が、ふと止まる。
一瞬だけ視線が合って、
それから、何事もなかったみたいに口が開く。
「……久しぶりですね」
それだけ。
責めるでもなく、
理由を聞くでもなく。
その一言で、
胸の奥に残っていたものが、静かにほどけた。
「少し、間が空きました」
「そうですね」
短い返事。
でも、覚えていた、という事実だけが残る。
「今日は、いつもと同じでいいですか」
「はい。お願いします」
彼は頷いて、手を動かす。
氷の音。
グラスが触れる音。
久しぶりなのに、
何も変わっていない。
それが、少しだけ不思議だった。
グラスが置かれる。
「どうぞ」
一口飲むと、
遅れていた呼吸が、ようやく追いつく。
「……やっぱり、落ち着きます」
「それなら、よかったです」
その言い方が、
前より少しだけ、近い。
会えなかった時間の話は、しない。
来られなかった理由も、言わない。
それでも、
何もなかったことには、ならなかった。
グラスを傾けながら、
ひかりは思う。
来なかったことを、
自分だけが気にしていたわけじゃない。
その事実が、
胸の奥で、静かにあたたかく残っていた。
時計を見る。
もう少しで、いつもの時間だ。
「そろそろ……」
「はい」
席を立つと、
彼は、いつものように言う。
「また」
約束じゃない。
でも、次がある前提の言葉。
「……はい」
扉を開けると、
夜の空気が、やさしく流れ込んできた。
今日は、振り返らなかった。
振り返らなくても、
そこにあると、わかっていたから。
