夜のBar Afterは、まだ静かだった。
看板の灯りは落ちていて、
扉の向こうにあるのは、
営業前の、準備の音だけ。
彼が鍵を開け、
先に中へ入る。
「どうぞ」
昼よりも低い声。
私は一歩遅れて、店内に入った。
ジャズは流れていない。
グラスの触れ合う音と、
氷を出す音だけが、響く。
「オープン前って、こんな感じなんですね」
「ええ。いちばん静かです」
カウンターの端に座ると、
彼は自然な動きで、グラスを置いた。
「今日は……軽めがいいですか」
聞き方が、いつもより少しだけ柔らかい。
「はい。あまり強くないもので」
「では」
氷を入れる音が、
昼よりもはっきり聞こえる。
「結婚式のあとのバーって、
少し似てる気がします」
自分でも、少し意外な言葉だった。
「どういう意味ですか」
「祝福が終わったあとに、
静かになるところとか」
彼は、手を止めずに答える。
「……確かに」
一拍置いてから、
「その時間が、いちばん長く残ります」
グラスが、私の前に置かれる。
一口飲んで、息をつく。
「落ち着きます」
「それなら、よかったです」
一拍、間があいた。
私は、グラスから視線を外して口を開く。
「……私の名前」
彼が、こちらを見る。
「ひかり、です」
言ってから、
少しだけ、グラスを持つ手に力が入った。
「……ひかり」
確かめるみたいに、
一度だけ、その名前を口にする。
それ以上、言葉は続かなかった。
「この仕事、長いんですか」
「それなりに」
「……嫌になったりは?」
彼は、少しだけ考える。
「辞めたいと思ったことは、あります」
正直な答え。
「でも、続けてます」
「理由は、聞かない方がいいですか」
「今は」
その線引きが、
なぜか、ありがたかった。
看板の灯りは落ちていて、
扉の向こうにあるのは、
営業前の、準備の音だけ。
彼が鍵を開け、
先に中へ入る。
「どうぞ」
昼よりも低い声。
私は一歩遅れて、店内に入った。
ジャズは流れていない。
グラスの触れ合う音と、
氷を出す音だけが、響く。
「オープン前って、こんな感じなんですね」
「ええ。いちばん静かです」
カウンターの端に座ると、
彼は自然な動きで、グラスを置いた。
「今日は……軽めがいいですか」
聞き方が、いつもより少しだけ柔らかい。
「はい。あまり強くないもので」
「では」
氷を入れる音が、
昼よりもはっきり聞こえる。
「結婚式のあとのバーって、
少し似てる気がします」
自分でも、少し意外な言葉だった。
「どういう意味ですか」
「祝福が終わったあとに、
静かになるところとか」
彼は、手を止めずに答える。
「……確かに」
一拍置いてから、
「その時間が、いちばん長く残ります」
グラスが、私の前に置かれる。
一口飲んで、息をつく。
「落ち着きます」
「それなら、よかったです」
一拍、間があいた。
私は、グラスから視線を外して口を開く。
「……私の名前」
彼が、こちらを見る。
「ひかり、です」
言ってから、
少しだけ、グラスを持つ手に力が入った。
「……ひかり」
確かめるみたいに、
一度だけ、その名前を口にする。
それ以上、言葉は続かなかった。
「この仕事、長いんですか」
「それなりに」
「……嫌になったりは?」
彼は、少しだけ考える。
「辞めたいと思ったことは、あります」
正直な答え。
「でも、続けてます」
「理由は、聞かない方がいいですか」
「今は」
その線引きが、
なぜか、ありがたかった。
