祝福のあとで

当日。

 チャペル・ド・ルミエールは、朝から慌ただしかった。
 装花の最終確認、導線チェック、控室の調整。

 いつも通りの進行。
 いつも通りのはずだった。

 併設バーに目を向けると、
 彼はすでにカウンターの中に立っていた。

 黒いシャツに、無駄のない所作。
 初めての場所とは思えない落ち着き方。

 声を張ることもなく、
 指示を出すこともない。

 けれど、必要なときには、必ずそこにいる。

 グラスが足りないこともない。
 ゲストが手持ち無沙汰になることもない。

 新郎新婦は笑っていて、
 会場には、滞りのない時間が流れていた。

 ——問題は、何も起きなかった。

 それが、何よりの証明だった。

 披露宴の終盤、
 私は少し離れた場所から、バーの様子を見ていた。

 彼は、誰とも長く話さない。
 けれど、誰にも困らせない。

 視線と、間合いと、タイミング。
 それだけで、場を整えている。

 仕事として、完璧だった。

 披露宴が終わり、
 片づけが始まるころ。

 私は、カウンターの前で足を止めた。

「……今日は、本当にありがとうございました」

 彼はグラスを拭く手を止めて、
 軽く頷いた。

「無事に終わって、よかったです」

 それだけ。

 それ以上の言葉は、なかった。

 けれど。

 仕事として頼ったはずなのに、
 仕事として返されたはずなのに。

 胸の奥には、
 前よりも、少しだけ近づいた感覚が残っていた。