祝福のあとで


 Bar Afterの扉を押すと、
 あのときと変わらない空気が、静かに流れ込んできた。

 木の香り。
 低く流れるジャズ。
 カウンターに落ちる、グラスの音。

 一ヶ月前と同じなのに、
 どこかだけ、違って感じる。

 視線を上げると、
 カウンターの奥で、グラスを拭いている人がいた。

 背筋を伸ばしたまま、静かな動き。

 その手が、ふと止まる。

 顔が上がって、視線が合う。

 ほんの一瞬。

 でも、迷いはなかった。

 彼は、こちらを見て、わずかに目を細める。


「……こちらへどうぞ」

 低く、穏やかな声。

 一ヶ月前と、同じ言葉。

 同じ調子で、カウンターの端を示す。

示された席は、前回と同じ場所だった。

 カウンターの端。
 視界の隅に、ボトルの並ぶ棚。

 椅子に腰を下ろしながら、私は内心で小さく息をつく。

 ……同じ席。

 メニューが差し出される。

 けれど、開かないまま、視線だけが彷徨った。

 前に飲んだあのカクテル。
 色も、味も、覚えているのに。

 名前だけが、わからない。

「……」

 言いかけて、言葉を探す。

「前と、同じものを……」

 そこまで言って、止まった。

 それで通じるのか、わからなかったから。

 けれど、彼は私の言葉を待たずに、わずかに頷く。

「同じので、よろしいですか」

 確認するみたいな口調なのに、
 もう答えは決まっているようだった。

 胸の奥が、ふっと緩む。

「……はい」

 小さく頷くと、
 彼は何も言わず、手を動かし始めた。