あなたが白制服に着替えたら、それが恋のはじまり




小湊幼稚園のねぶた祭りの当日となった。園のねぶた祭りは夏休みに入る七月最後の土曜日に行われる。朝から祭りの支度でバタバタ忙しそうに動く夏帆に、今日は仕事がお休みの成瀬が声をかけた。

「夏帆さん、今日の夕食はわたしが担当してもいいですか?」
「えっそれはものすごく嬉しいですっ。祭りの日は疲労困憊で帰ってくるので」

夏帆は成瀬の提案が嬉しくて目がウルウルしてしまう。真夏の炎天の下、園児の安全を気にしながらねぶたを引っ張って歩くのだ。まだまだ若い夏帆でさえ帰りにはすっかり体力を奪われいるのだから。

「お父さんはねぶたまで準備に時間がないそうで、今日は帰りが遅いそうですよ。なので二人分で準備しときますから」

(ということは、この家に成瀬さんと二人きり?)

ドキリとした夏帆は動きが止まってしまう。

「夏帆さん、夕食は二人で食べましょう」
「は、はい……」

成瀬があまりにも普通のテンションで甘い誘いをしてくるから、夏帆は嬉しさを通り越して戸惑ってしまうほどだった。

(成瀬さんが作るご飯が食べられるなんて夢みたい!)

がぜん、祭りにやる気がでた夏帆だった。

そして「行ってきます」と夏帆は成瀬に見送られ玄関を出た。




こんなに心を弾ませながらの出勤は初めてだった。エンジンをかけてベルトを締めたところでスマホから着信音がなった。夏帆がバックから取り出し確認すると、それはショートメールだった。

(めずらしい。誰だろう?)

何気なくタップをして開いてしまった。その送り主は元カレ前原亮介だった。

『今日の幼稚園の祭りの後、時間ある?』

その文字を見た時、夏帆は心臓をぎゅうっとつかまれたように痛くなった。亮介との連絡手段は全て断ち切っていたので、亮介はショートメールからコンタクトを取って来たのだった。

(無理に決まっているじゃない。今さら連絡するなんて何を考えているの?)

夏帆は心がズンズンと重くなってゆくのが分かった。はっきり断る返信をするべきか、もう縁は切れたのだとスルーべきか。夏帆は刹那、迷ったけど答えはすぐに出た。

返信はしない。つまり相手にはしないと決めたのだ。

別れ話は電話だったが、話し合いのときの亮介のヘラヘラした話し方がものすごく嫌だった。浮気がばれたときは焦る様子もみせたが、そこからの開き直りは聞くに耐えなかった。

『夏帆は受け身過ぎてつまらない。カスミは積極的で俺を好きな気持ちがビシビシ伝わるんだ』

こんなことを言われて関係を続けたいと思える彼女はいない。こんな言葉を吐いておいて、またその彼女に連絡を取る男って最低だ。

夏帆は背を正した。

(決着はついているもの。だから私は堂々としていよう)

真希流の「気分を切り替える!」を思い出し心を強く持った。



幼稚園の園庭にはみんなで制作した『ふニャン』ねぶたが堂々と置かれていた。園児やその保護者、祭りの係りの者たちで会場は熱気にあふれていた。開会式が始まる時間まであと少し。夏帆は自分のクラスの園児たちに法被を着させ、おでこにはハチマキをまいてあげていた。

「夏帆先生ー。僕もやって~」

元気よく誠くんが声をかけてきた。

「誠くん、おはよう。じゃあ、ハチマキ貸してね」

夏帆はそう言って誠くんにハチマキを結んでる時も、誠くんママを目で探してしまう。そして目に留まった。普段、あんなに溌剌としている誠くんママなのに、園庭の端のほうでスマホとにらめっこになっていた。

(亮介、来ているのかな……)

自分とは無関係とはいえ、やはり気にはなってしまう。しかしそんなことは園児たちには関係はない。夏帆のやるべきことは祭りを成功させることだ。夏帆は自分にそう言い聞かせた。そしてハチマキを巻き終えるとその場にしゃがんで誠くんにいった。

「いっぱい練習したもんね! 今日は頑張ろうね!」
「うん! ぼく、最後までふニャンを引っ張って歩く!」

誠くんのとても可愛らしい笑顔に癒された。順調に開会式を終え、いよいよ町内を練り歩く。園児たちが安全にねぶたを楽しめるよう先生はやるべきことがたくさんある。夏帆は首にかけているタオルで汗を拭きとった。

「出発しまーす。みなさん、車の往来がありますから充分に気を付けながら行きましょう」

園長の挨拶とともにスタートした。その時、夏帆の肩をたたく者がいた。夏帆は一瞬、嫌な予感がしたが振り返るとそれは真希だった。同じく汗だくの真希はなぜか笑顔だった。さっと夏帆の隣にくると口早に言った。

「亮介は来てないから安心しな」

そういってウィンクしてまた定位置へと戻っていった。真希が代わりに調べて報告してくれたのだとわかると、とても有難かった。こどもたちと一緒に綱を持ち夏帆は自然と笑みがこぼれる。

「みんな、頑張ってふニャンねぶたを見せてこようね!」
「はーい」
「いくよー。せーのっ、ラッセラッ ラッセラ……

ねぶたの掛け声とともにふニャンねぶたが前進し出した。園児たちも慣れた掛け声を口にしながら綱を引っ張って歩いてゆく。小湊幼稚園の伝統行事が今年もまた晴れ渡る青空の下で動き出した。



「お疲れさまでしたー。楽しかったねー」

無事に園のねぶた祭りは終了した。係りの保護者たちが残って片付けを手伝ってくれていた。この片付けの頃になると夏帆はくたくたになるのだが、今年はまだだま気力・体力ともに余裕があった。もちろん祭りの成功も嬉しいことだが、この後の成瀬とのディナーが待っている。それを考えると疲れもどこ吹く風だった。そんな夏帆をの様子を見ていた真希が声をかけてくる。

「ねえ、夏帆。今日は何かあるの?」
「な、なんで?」
「いつもと様子が違う。浮かれてる」
真希はものすごくカンが鋭かった。
「……実は成瀬さんが夕食を作ってくれているの」
「なるほど。じゃあ、もう帰りなよ。めったにないことなんだから」
「え、仕事は最後までやるよ」
「後は園長に報告するだけよ。それくらいなら私一人で十分だし」
「……いいの?」
「成瀬さん待ってるんでしょう? いいなー。今日は成瀬さんと初Hか~」
「ちっがう! 妄想が暴走しずぎだって」

真希の配慮もあり最後の報告業務を真希に任せ、夏帆は一足お先に帰ることにした。真希が片付けの最終チェックで園庭を回っていると、最後まで手伝ってくれていた係りのママたちが挨拶しに来てくれた。

「お疲れさまでした。今日は本当にありがとうございます!」

真希はにっこりと笑って頭を下げた。その中から一人のママが前に出てきた。誠くんママだ。

「夏帆先生はどこにいますか?」
「夏帆先生はもう帰り支度してますよ」
「はぁ? 係りが最後までやってるのに先生が帰る準備ってずるいね」

いつもの誠くんママとはだいぶ印象が違った。なんだかぶっきらぼうで怒りがこもっている。真希は不思議に感じ「何かありましたか?」と声をかけたが、誠くんママは「別に」と答えるだけだった。